スタジオ・ゼロ

(アニメ)
すたじおぜろ

アニメーション制作会社。1963年設立、1971年解散。


手塚治虫が設立した虫プロの様なアニメ製作会社に憧れて、すでに「おとぎプロ」でアニメ制作にたずさわっていた鈴木伸一を始めとするトキワ荘の漫画家メンバーを中心にして設立された。
初期のメンバーは鈴木伸一、石森章太郎(石ノ森章太郎)、つのだじろう、藤子不二雄(藤子不二雄A、藤子・F・不二雄)、角田喜代一(つのだじろうの兄)など。後に赤塚不二夫も加わる。
初期はメンバーの中から、くじ引きで社長を決めたり、アニメでの儲けが難しい為に「雑誌部」という漫画を描く部門を設立したりしていたが、最盛期には100人近くの社員が在籍する事となる。
後に、鈴木以外の漫画家メンバーが本業の多忙さゆえにアニメ製作に関ることが難しくなったり、スポンサーや社員の引き抜きなどの諸問題によって、解散。現在は鈴木伸一の個人事務所として名前が使われている。

アニメ製作部門では「鉄腕アトム」の一篇*1や「おそ松くん」「パーマン」「怪物くん」「佐武と市捕物控」などを手がけている。
雑誌部の代表作は「オバケのQ太郎」や「レインボー戦隊ロビン」など。

*1:虫プロから頼まれた「ミドロヶ沼の巻」。シーンごとに各漫画家のタッチが色濃く出てしまい、手塚が自らフィルムを処分したという噂まで立った程の出来であった。後にアメリカ合衆国にて残っていたフィルムが発見されている。

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