(一)日本に残る六芒星の足跡 7 カゴメの鶴とカメ 淡路島を日本の中心と見て、「V」「X」「千」「M」という暗号を遺跡として残したのは、いったい誰だったのでしょうか。 第一渡来集団の徐福(猿田彦)が瀬戸内海を通って熊野へ向かう前に淡路へ立ち寄った時なのか。あるいは、出雲のタケミカヅチが関東へ向かう途中だったのか。 もしくは、神武東征の折に瀬戸内海を航行した際だったのかもしれません。 私はここで、大本教の出口王仁三郎が「丹後の真名井神社」と「淡路の真名の井戸」を結びつけたように、また武智時三郎翁が饒速日命(ニギハヤヒ)とエフライムを重ね、淡路の紋章を「エフライムの章」と呼んだように、ニギハヤヒが…