早川書房から出ているカート・ヴォネガットの『スローターハウス5』を読んだ。それについて書く。 この小説で書かれていることはひとつだけだ。それは人が戦争に――というよりも戦争を含めたありとあらゆる理不尽な災いに――直面したときに尊厳を傷つけられたことで起こる、怒りである。それも生の沸騰した怒りではなく、冷却された、心の底におちた澱としての怒りである。それは生涯を通してくすぶりつづけ、くりかえしその人の心に疑問をひき起こすのだ。「なぜ私がこのような目に遭わなければいけなかったのだろう?」 その疑問に答えはない。それはただそういうものなのである。 カート・ヴォネガットはその「答えのなさ」を表現するた…