youtu.be いくつものショットが連なることで映画的な時間が直線的に立ち上がり始めていくようなイメージが、少なくとも自分にとっては上映が始まってからしばらくの間生じ続ける。始まりから終わりまで、基本的には映写機が不具合を起こすなどトラブルがない限りは一筆書きのように進み続ける運動としてどこかで認識している。作品冒頭の、左から右にゆっくりとパンしながらオスロの都市の景観を映すショットは象徴的だろう。 けれど「センチメンタル・バリュー」を見ているうちに気付かされるのは、過去や現在、未来といったそれぞれの時間や記憶に関するイメージが波のようにうねりながら近づいては離れる運動を繰り返す、ある種曲線…