テレジン

テレジン

(地理)
てれじん

Terezin
チェコ共和国の都市
神聖ローマ帝国時代の18世紀に皇帝ヨーゼフ?世に軍事要塞が建設された。街の名前は皇帝の母マリア・テレジアにちなむ。


1941年、ナチスはこの要塞をそのまま強制収容所とし、西ヨーロッパのユダヤ人たちをアウシュビッツに移送する中継地とした。
14万4000人のユダヤ人がテレジンに送られ、3万3000人がこの町で死亡し、8万8000人がアウシュビッツをはじめとする絶滅収容所に送られた。
この収容所の中には多くの芸術家*1がとらえられた。
彼等はその中でも希望を捨てず、文化芸術活動や子どもの教育活動が当初密かに行われていた。朗読会や音楽会、子どもに絵や勉強を教えたり、自治組織を作って雑誌を発行するなどしたその活動の一部を知ったナチスは、虐殺行為のカムフラージュとしてその活動をある程度認め、逆にプロパガンダに利用していた。

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