ナポレオン・ボナパルト

ナポレオン・ボナパルト

(社会)
なぽれおんぼなぱると

Napoleon Bonaparte

フランス皇帝(在位1804年〜14年,1815年)ナポレオン1世。
コルシカ島出身。

生涯

【生誕〜フランス革命】

  • 1769年8月15日、コルシカ島に生まれる。
  • 初陣はトゥーロンの攻囲戦。ジャコバン派に近かったためにテルミドール後に失職するが、ヴァンデミエールの反乱鎮圧で名を上げ、イタリア遠征軍司令官となる。
  • 1796年に開始されたイタリア遠征では大成功を収め、北イタリアを席巻してオーストリア本国をも脅かす結果となる。同年、ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネと結婚。勝利と戦利品と衛星国の獲得はナポレオンの声望を一気に高め、1798年からはエジプト遠征に出発。
  • 1799年にナポレオンは本国に帰還、ブリュメール18日のクーデターによって政権を掌握、新憲法を制定して第一執政となる(執政政府)。安定した統治を確立する一方で再度のイタリア遠征の成功によって対仏大同盟を崩壊させるとともにイギリスとも1802年にアミアンの和約を結び、ここに革命戦争開始以来の戦争状態をひとまず終了させた。

【第一帝政】

  • 1804年に皇帝となったナポレオンはフランスの悲願、イギリス打倒の準備に取りかかる。1805年に再度の戦争となり、ナポレオンは英本土侵攻を企て、ブーローニュ大軍を集結する。イギリスも対仏大同盟(第3次)を構築、オーストリアとロシアを反仏陣営に引き込む。
  • ナポレオンは英本土侵攻を諦めるとオーストリアへの遠征を開始。ウルムとアウステルリッツの勝利によって対仏大同盟を崩壊させた*1。ナポレオンは神聖ローマ帝国を解体し、ライン同盟を結成してドイツ諸国を衛星国とした。
  • プロイセンとの対立が始まるが、イエナとアウエルシュタットでの勝利によってプロイセン軍は壊滅。翌年、援軍のロシア軍もフリートラントで敗北し、プロイセンは屈辱的な講和条約であるティルジットの和約を結ばされ、一気に列強の地位を失う。
  • 残る敵はイギリスとなった。ナポレオンは大陸封鎖(1806年)によってイギリスをヨーロッパ大陸の貿易から占めだして経済的に屈服させることを狙ったが、これは却って大陸諸国のフランスからの離反を招いた。
    またナポレオンは一族を各国の支配者の地位に据えていたが、これが原因で1808年にスペインの反乱が起こり、イギリス軍がポルトガルに上陸して半島戦争が始まることとなる。
  • 1810年、ジョゼフィーヌと離婚し、オーストリア皇女と結婚。
  • 1812年、大陸封鎖に違反したロシアを屈服させるためにナポレオンはロシア遠征を開始。全欧州から60万という前代未聞の規模の遠征軍が集められたが、ロシア軍の焦土作戦と冬将軍によって敗北、フランス軍は壊滅。
  • これをうけた各国が一気に反フランスへと走り、連合軍の作戦がついにナポレオンを凌駕。1813年のドイツ戦役でフランス軍は再度壊滅する。ナポレオンはなおもフランス国内戦役で連合軍を撃破し続けるが、その間にパリが陥落し、1814年に退位。エルバ島に流刑。

【百日天下〜死】

  • 1815年、エルバ島から脱出し再度帝位につくも、ワーテルローの戦いで完敗したため約100日程度で退位することとなる(百日天下)。セントヘレナ島に流刑。
  • 1821年5月5日セントヘレナ島で死去。


ナポレオンの生涯:ヨーロッパをわが手に (「知の再発見」双書)

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栄光のナポレオン―エロイカ (1) (中公文庫―コミック版)

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ナポレオン・ボナパルト 等身大フィギュア

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*1:同時期にトラファルガーではフランス・スペイン連合艦隊が英海軍によって撃滅されていたが

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