ある日、牛が盗まれた。 ジャワ島東部、日本人和田民治が経営するニャミル椰子園に於いてである。 これが日本内地なら、迷わず警察に通報する一択だろう。一時間もせぬうちに附近の交番から巡査が駈けつけ、同情の意を表しながら現場検証に取り掛かってくれるはず。その程度の機能及び構造は、当時に於いて既に確立されていた。 が、ここはオランダの植民地、南洋遥かなジャワである。 この地を統治するオランダ人は、牛泥棒程度でいちいち真面目に動かない。理由は彼らの怠慢というより、政府の方針からしてそうなのだ。原住民同士の面倒は原住民同士でカタをつけろと言わんばかりに、村長に巨大な権限を投げつけ、事の処理を一任していた。…