エミール・バンヴェニスト(=Emile Benveniste)。コレージュ・ド・フランスの比較文法の教授。1902〜1976年。
1970〜80年代に日本では「テキスト」という言い様が流行ったが、無意識さえも言語のグリッド/フィルターを通ることによって形状をコンビニエンスな顕在化させる以上、森羅万象は所詮「文字文化」の域を出ないという驕りから、「織物」でもある「文書」は勿論、生活習慣や芸術といった文字化されていない文化の数々までもやたら「.txt」ファイル化したのは現代のデジタルリテラシー(のパクリ屋共が特)に酷り近いものがある。
フェルディナン・ド・ソシュールの言語学を一番しっかり継承した言語学者であるバンヴェニストとしては、これをパロール(=音読)によって空間化せしめ、この活動全体のことを「ディスクール」と云った。
この意義は絶大で、言語学の限界の壁である「文」を超えてしまったのであるから、フランスでは既にあったバンヴェニストだが、これら浮わっついた軽佻浮薄な文化潮流の後に日本には届けられて、ちょうど良かったのである。
バンヴェニストはこのように言語学者としても偉大なのだが、ノーム・チョムスキーを指導したロシアのロマン・ヤコブソンと同様、言語学に留どまらず、インド・ヨーロッパ神話や、古代ペルシア宗教にも通じ、ゾロアスター教(→アヴェスター語形では「ザラスシュトラ」)研究の第一人者であった。
有名な『ツァラトゥストラ』はこのザラスシュトラを題材に借りたニーチェ創作のポップアートだが、あんな近代版の『ドン・キホーテ』を描いた反面、ニーチェ(1844〜1900年)はアンクティエル=デュペロンは勿論、シュピーゲルやフリードリヒ・クロイツァーの研究書にも目を通し、アヴェスター聖典の『ガーサー』は読み耽って、バルビエ・ド・メイナールなど専門中の専門研究者が示す10年も以前に、ニーチェはザラスシュトラがアーリア地方の「ウルミア湖畔」で生まれたという情報を提供している。
これなどは予知めいていると、バンヴェニストの研究家/翻訳者であり、極めて博学な前田耕作は震える口調で伝えている。(『宗祖ゾロアスター』p223。)
同じく日本の岡田明憲などは世界最古の宗教としてのパールシー教をこのほど上梓したが、「パールシー」とは「ペルシア」のことであり、引いては「ゾロアスター教」のことであり、また『マタイ福音書』では、なんとキリスト生誕の際に星からその救世主誕生を悟り、わざわざこペルシアから事実を見届けに3人のマギ(=夢占い師で博士。「マゴス」とも)がやってきているのである。(;→「東方の三博士」。)
おまけに仏教の不殺生はザラスシュトラの戒律に学んだものであり、残酷な供犠はザラスシュトラ以前からあるが、それを著しく嫌って聖性を追究し続けた倫理的信仰は、イスラム教にさえ吸収されている。
よって、ゾロアスターの何たるかを知らぬとは宗教を知らぬという謂いであり、一切の宗教に関係なく無信仰だなどと豪語できる幸福な抜け作は、そんなものは「生」ではないのだ。(リアルではないのだ!)
逆説が人智を踏み外したニーチェやバンヴェニストによって、こうして示されているではないか。
ちなみに以前から「東洋文庫」からはバンヴェニストの『ゾロアスター教論考』が出ていたが、そろそろ平凡社ライブラリーから新書版で出ないか・出ないかと待っていたところ、e-Bookになって売られていた。ebookjapanより。
http://www.ebookjapan.jp/shop/author.asp?authorid=1468
ちなみにこれだと東洋文庫の¥2884の約半額(¥1470)である。