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パリの悲劇

(スポーツ)
ぱりのひげき

1994年FIFAワールドカップ・アメリカ大会ヨーロッパ予選でのフランスにとって最終戦となった、1993年11月17日にパリ・パルク・デ・プランスで行われた対ブルガリア戦。
引き分け以上ならフランスのワールドカップ出場が決まる一戦。1-1で後半ロスタイムに突入。フランスはブルガリアゴール前まで攻め込み、ワールドカップも決まったも同然だった。
ところが、フランスFWダヴィド・ジノラが上げたセンタリングをブルガリアDFに奪われカウンターを受け、FWエミル・コスタディノフによって痛恨の失点。そのまま試合終了。

かの「ドーハの悲劇」と時同じくしてアメリカ行きの切符がフランスの手からこぼれ落ち、フランス国中に衝撃が走った。


その次の1998年大会は開催国につき予選免除。この屈辱をバネに優勝を果たす。その次の2002年大会も予選が免除され、2006年ドイツ大会予選がその「パリの悲劇」以来3大会振りの地区予選。苦戦を強いられたものの20年振り*1の予選突破を決めた。

*1:1990年のイタリア大会も予選敗退。

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