ファリネッリ

(音楽)
ふぁりねっり

生涯

カルロ・ブロスキ Carlo Broschi、1705〜82年。通称ファリネッリ Farinelli。音楽史上、最も有名なカストラートと言われる。
ボローニャに近い、アンドレアに生まれる。父は市長を務めたことのある、有力な市民であった。彼が去勢せねばならなかったのは、幼少時代の落馬事故が原因だというが、事実であるかは不明*1
兄リッカルドとともにポルポラに師事し、20年にデビュー*2。バロック史上最大の台本作家メタスタージオとはこの時に出会い、“魂の双子”と呼び合う程の友情を生涯貫いた。
史上に名高いプリマ・ドンナやカストラートの多くが、エキセントリックな行動や驕慢な態度などが知られているが、彼は温厚な紳士であり、スキャンダルとは無縁であったようだ。
彼はその歌唱技術と美貌とで、一躍スターとなった。
“One GOD, one Farinelli!!”――熱狂した聴衆がこう叫んだというのは、34〜37年のロンドン滞在時のエピソード。しかし、彼は人気も絶頂であった37年に突然、舞台を去る。
スペイン王妃の要請により、憂鬱症の王、カルロス5世のお抱え歌手兼側用人となったのだ。王はメランコリーを追い払うために、ファリネッリに毎晩、決まった歌を歌わせたという。王個人に仕え、私室への出入りの許されていた彼は、スペイン宮廷で絶大な権勢を誇った。
カルロスの死後、その息子のフェルディナンド6世にも同様の待遇を受けるが、フェルディナンドが亡くなり、弟のフェリペ3世が即位すると、宮廷を追われる(59年)。
スペインを追われた彼は、しかし2度と舞台に立つ事はなかった。ボローニャに隠居した彼は、その後二十数年を多くの音楽家や文筆家などの訪問を受けて過ごす。若きモーツァルトもその一人であった。

ファリネッリが歌った曲を味わえるCD等

Arias for Farinelli Angelo Manzotti - Arie di Farnelli Christofellis;Farinelli Et Farinelli, il Castrato (1994 Film) 
ファリネッリの“トランクのアリア”*3であった「私は船のように揺れて」や「恋の夜啼鳥」、「太陽は仄暗く」、「いと甘きこの抱擁」などが聴ける。

映画「カストラート」

カストラート [DVD]

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ファリネッリと兄リッカルドの愛憎劇。とりあえず、史実に忠実な物語ではないので、兄弟の愛憎や三角関係、芸術家同士の競争心と共感、などが見所。
ヘンデルやリッカルド・ブロスキ、ハッセなどのアリアを聴けること、バロック・オペラの豪勢な舞台装置や衣装を楽しむ事ができる。が、この映画の中での舞台は、他の歌手が出演している様子が見られず、あたかもファリネッリのソロ・コンサートのように見えてしまうのが気になる。

*1:貧困な家庭の子息がカストラートにするために去勢される場合、落馬や犬に噛まれた、重篤な病気、という理由をつけられた。ファリネッリは裕福な家の出ではあるが、音楽に傾倒していたと思われる父によって、カストラートにさせられた可能性も否定はできない。

*2:ただし、これは貴族の家での私的な演奏会であり、舞台デビューは翌21年。

*3:いわゆる持ち歌

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