「失われた時を求めて」の第1篇「スワン家のほうへ」を読む愉しみはどこにあるのだろうか。第一部の田舎町コンブレや第三部のパリの平凡とも見える日常の描写にも魅力は潜んでいる。その生活描写には実は主人公を創造行為へと誘い導いてゆく力が底流となって潜んでいる。読者は推理や記憶を刺激され、共感をおぼえながら創造へと向かう長いプロセスを追い始める。 「スワン家のほうへ」冒頭からエピソードをいくつか選び出し、それらがどのように反復されつつ長編小説全般におよぶ底流を形成してゆくかを見てみよう。(なお、邦訳では第一篇のタイトルが「・・・の方へ」と訳されることが多いが、ここではひらがな表記を使用したい。第一篇の仏…