ダイハツ工業の軽商業車。
昭和33年から45年まで生産され、「やりくりアパート」での大村崑さんと佐々十郎さんが出演した生CMで一躍脚光を集め、軽オート三輪の代表的な車種となった。
のちにミゼットのコンセプトを継承した「ミゼットII」という軽商業車が、平成8年から13年まで生産された。
ビバホームにミゼットがいました
石神井公園ふるさと文化館では、その他、常設展や旧内田家住宅を覘いてきました。練馬区の歴史がビジュアルで再現されています。忘れていた昔を思い出し、楽しんできました。大根、脱穀機、中華そば屋、ミゼット、石神井公園駅、一般住宅内、手塚治虫等々、昭和の練馬だ。
みなさん、こんにちわ! Koedoです。 今日も当ブログにお越しいただきありがとうございます。 2026年の入って初の出張に行ってきました。今回は大阪市です。仕事の遅刻防止のため前日入りしました。 世間はお正月モードを抜け通常モードに入っているので、東京も大阪も仕事の人が多く大混雑でした。 先ずは中央本線に乗って東京駅へ。 例によって新幹線の指定席は取っていない(時間が読めないので取れない)ので、行き当たりばったりで一番最初に出発する新幹線を利用します。 東京駅では20分程度の待ち時間で、新大阪行きの「のぞみ」に乗る事が出来ました。 のぞみの2両しかない自由席はやはり混んでましたね。3両の時は…
『兵動大樹の今昔さんぽ』 1964年の大阪府池田市で撮影された写真。ズラリ並んだダイハツ車。 果たして此れは何処で写したのかと言う問題。 手前はL35ハイゼットトラックとMP系ミゼット。 ハイゼットの横と斜め後がMP4でハイゼットの後がMP5。 ハイゼットの横のMP4はバキュームカー仕様です。 そして、後に並んだ登録車の三輪トラックは1956年以降のキャビン(此の型からハンドルが丸型に成ります。又、年式に拠ってドアの形やホーンスリットの有無、屋根の鋼製化等小変更が有ります)を乗せた物で、同じ様な顔で型式がR/U/P/B/C/Kシリーズと多岐に亘るので、其れ等の何れかは私は判りません。ホーンスリ…
荷車 昭和100年 子どものころ 大きな荷物を運ぶといえば 大きな車輪を2個つけた 「荷車」(にぐるま) トラックや自動車など 一般の家にはない ガタガタ道を木製の車輪で ひくのは大変な重労働 子どもとして手伝えるのは 汗まみれになりながら 後ろから押すだけ トヨタの自動車博物館には 歴代のクラシックな車が保存されている でっかいボディが 高級感を感じさせる 一般庶民に手が届く車といえば ミゼットとかクーペ ミニカーが思いだされる 10数年前 イタリアで見つけた ミゼットが懐かしかった 今や電気自動車が 未来の車として期待されているが すでに100年前にも 電気自動車があったとか 黒い煙をモク…
暑い暑いの連発がニュースから聴こえてきます。 こちらは暑いけど涼しい、、 3時の休憩に作業場の休憩所で 差し入れのアイスを食べましたが、 そこまでは暑さを感じていなかったので アイスで涼しむというより 甘いものを頂いたという感じでした(^^♪ 夕方には涼しい風が吹き、 いまは秋の虫が鳴いています。 ですが、油断はいけません、 昨年も今頃そんな気候で秋が近づいてるの感じましたが 9月に入り暑さがぶり返しましたから。 先日、お客様のところへメンテ工事に行き ミゼットのミニカーが飾ってあるのをみました。 その車は私が子供の頃走っていました、 トヨタ博物館には実物のミゼットが展示してありますね。 この…
〈昭和の忘れもの〉クルマ編㉖ 【ダイハツ オート三輪(型式不明)】 日本では、GHQによって戦後しばらく乗用車の生産が禁止されていた。ただし、戦前から作られていた三輪自動車は規制されなかったので、東洋工業(現マツダ)・発動機製造(現ダイハツ)などが生産を再開し、物流を担って戦後復興の原動力となった。 その間飛行機メーカーなども参入し、いわゆるオート三輪(軽三輪は別)の製造は1950年代中頃にピークを迎えた。しかし、低価格で小回りが利くという優位性はあったものの、高速安定性や積載性等の面ではすでに普及していた4輪トラックには及ばず、軽オート三輪(軽自動車規格の三輪トラック。K360、ミゼット等は…
『お蔵出し展』を見にトヨタ博物館へ。 常設展で気になった車があった。戦中・戦後作られていたんだろう、オート三輪(三輪自動車)が展示されている。大阪の発動機メーカーが昭和5年に発売した『ダイハツ号』だ。戦後は復興のために走り回ったんだろう。 ダイハツミゼットもあった。昭和32年に発売が開始されたころは、オート三輪から自動車に変わったばかりで、一人乗り、ドアもなく、ライトもまだ一つ目だ。長さが2540mm、幅は1200mmしかない。モデルチェンジして二つ目になり、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』で再び有名になった。 昭和30年代は、軽自動車の免許はなんと高校生でも取得できた。中学校を卒業して就職…
2歳でもできる!トミカの組み立て工場を体験してきたよ! こんにちは。ノコです。 昨年、2歳児を連れて東京旅行へ。息子が大好きな東京駅にあるトミカショップへ行ってきました(^^) 2歳でもできる!トミカの組み立て工場を体験してきたよ! トミカショップ東京店へ トミカ組み立て工場をやってみたよ! ミニゲーム・カードでパネルマッチゲーム トミカ&トミカ商品がいっぱい! トミカショップ 東京店 へのアクセス トミカショップ東京店へ 東京駅の東京一番街・東京キャラクターストリートにあるトミカショップ東京店。 ここは全国で2か所しかない特別な体験ができるトミカショップのひとつです。 それが、トミカ組み立て…
1950年代の通りには、バタバタとうるさい爆音をたてて走りすぎるエンジン付き自転車が走っていた。市販のものだったか自家製だったか知らない。本田宗一郎の例でもわかるように、その当時、町工場製のエンジン付き自転車を作っている零細企業は多くあったらしい。 くろがねなどの三輪トラックは、1950年代が天下だった。ダイハツ・ミゼットなど、小型の三輪トラックも1950年代から60年代が全盛期だった。ミゼットは1970年代初めまで生産していたようだが、私の近隣に関する限り、もはや見る機会のない自動車だった。ところが、その70年代初めにタイに行って、ミゼットが原型の三輪自動車と出会うのだから、興味深い。197…