『春と修羅』が出版された際に、賢治によって削除された「青森挽歌 三」という作品に、以下のような一節があります。最愛の妹トシが死んだ翌月、雪の降る花巻の街を歩いていた賢治は、トシの幻影を見たのです。 その藍いろの夕方の雪のけむりの中で 黒いマントの女の人に遭った。 帽巾に目はかくれ 白い顎ときれいな歯 私の方にちょっとわらったやうにさへ見えた。 (それはもちろん風と雪との屈折率の関係だ。) 私は危なく叫んだのだ。 (何だ、うな、死んだなんて いゝ位のごと云って 今ごろ此処ら歩てるな。) 又たしかに私はさう叫んだにちがひない。 たゞあんな烈しい吹雪の中だから その声は風にとられ 私は風の中に分散し…