ラス・ビハリ・ボース

(一般)
らすびはりぼーす

インド民族・独立運動家。ベンガル州ブルドワン郡生まれ(1886年.3月15日15-1945年.1月21日)

タクールとも名乗る。。
ベンガル地方で、民族運動を開始インド総督暗殺未遂事件などにも関与した。


イギリス官憲に追われ、1915年日本に亡命。
宮崎滔天や「玄洋社」の頭山満らと、親交を深めるが、イギリスの要請を受けた日本官憲の追及も受け、「中村屋」に匿われる。このとき、店の主人である相馬夫妻にカリーライスの作り方を伝授、現在でも中村屋でメニューにある「純インド式カリー」の元となる。
のちにボースは相馬夫妻の長女、俊子と結婚。大正12年、日本国籍を取得した。

混同されることも多い「チャンドラ・ボース」とは協力して独立運動に当たる。
しかし、祖国の独立を見ること無く、終戦の年に逝去した。



中島岳志氏の研究書「中村屋のボース」は2005年、第17回アジア・太平洋賞を受賞している。
【参考】

中村屋のボース―インド独立運動と近代日本のアジア主義

中村屋のボース―インド独立運動と近代日本のアジア主義

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