漫才コンビ。
ティンカーベル所属。
徳島県出身。
M-1グランプリ2006準決勝進出。
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花沢健吾の漫画。週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)にて連載された。もてないオタク必読の魂の書。
ルサンチマン 上 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)
ルサンチマン 2 [(フランス) ressentiment]
〔哲〕 ニーチェの用語。被支配者あるいは弱者が、支配者や強者への憎悪やねたみを内心にため込んでいること。この心理のうえに成り立つのが愛とか同情といった奴隷道徳であるという。怨恨。
ルサンチマン [仏 ressentiment]
もともと恨みや憎しみが心の中にこもって鬱屈した状態をいう言葉だが,ニーチェはこれを弱い者への思いやりや自己犠牲を説く平等主義的な道徳の起源を説明するために用いた.彼によればキリスト教道徳や,そこから生まれた近代市民社会のヒューマニズムや人権の思想は,弱者の強者に対する恨みや復讐心を道徳として表した奴隷の道徳なのである.この延長上にある社会主義の思想も,このような奴隷道徳の一部にほかならないと考えられる.ニーチェはこれに対して強者の道徳,貴族的な誇りや勇気を讃える戦士の道徳,君主の道徳を対置した(ニーチェ『道徳の系譜』).しかしこれは結局ファシズムによって利用される結果にもなった.
ー思想の科学研究会「新版哲学・論理用語辞典」より
「道徳の系譜」を参照のこと。
http://www8.ocn.ne.jp/~eating/gm1.htm
――「また偽りは復讐し得ぬ無力を『善意』に変え、臆病な低劣を『謙虚』に変え、命令者に対する屈従を『従順』(その方が屈従をお命じになる[10]と、彼らが言うところの者――彼らはその者を神と呼ばわる――に対する従順)に変える。弱者の歯牙なさが、その目に余る臆病さまでが、戸口に立ち尽くしていること、やむなく待たざるを得ないということが「寛容」などという都合のよい名を冠せられ、また徳でもあると見なされている。復讐し得ないということが復讐を望まないこととされ、おそらくは赦しとまで見なされている(『というのも彼らは自分のしていることを知らず[11]――彼らがしていることを知っているのは独り我々なのであるから』)。「敵に対する愛」ということについても話している――汗をかきかき話しているぞ。」
「全ての高貴な道徳が、自己自身への勝ち誇った肯定から生じて来るのに対して、奴隷道徳は始めから“外部”“他者”“自己でないもの”に対して否を言う。そしてこの否が奴隷たちの[せめてもの]創造的行為なのである。この価値付与の眼差しの転回 − 自己自身へと立ち返らずに外部へと向かうこの必然的な方向 − はまさにルサンチマンに属するのである。奴隷道徳は成立するためには、いつもまず対立した外部世界を必要とするのであり、生理学的に言うなれば、そもそも行為するためには外的な刺激を必要とするのである。− 彼等の行為は根本的に反応 [反感]なのである」(Bd.7.S.317)
ニーチェは「強者」の貴族的道徳は「わたしはこんなことができる」だから「わたしはよい」ゆえに「わたしのようにある、できることはよい」という自己肯定から善をモデル化し、その欠如、不足として悪をイメージするのに対し、「弱者」の奴隷道徳は、「あいつは敵、迫害者だ」だから「あいつはわるい」ゆえに「あいつと対立するわれわれは正しい」という憎悪、他者の否定から悪をモデル化し、その否定、反対者として善をモデル化するとして、後者の善の基礎にある怨恨感情をルサンチマンと呼ぶ。そこから奴隷道徳の善は、否定の意志、憎悪を常に隠し持っているため、抑圧的、欺瞞的、病的だとして批判するのである。
「よい、わるい」の二つの意味の違い。
貴族的道徳 優良/劣悪
奴隷道徳 善/邪悪