ルー・ゲーリッグ

(スポーツ)
るーげーりっぐ

Henry Louis "Lou" Gehrig(Ludwig Heinrich Gehrig)
20〜30年代に活躍したMLBニューヨーク・ヤンキースの選手。一塁手。「鉄の馬」と呼ばれた。
1903年6月19日生まれ。ニューヨークのマンハッタン島にドイツ系移民の子としてに生まれた。
コロンビア大学卒業後、1923年にヤンキース入団。ベーブ・ルースとともに活躍した。
1932年6月3日には、3人目となる1試合4本塁打を記録。
1934年三冠王を獲得。この年、日米野球出場のために来日。沢村栄治の完封を阻止するソロホームランを放った。沢村の「全米軍のクリーンナップ4連続奪三振」の中に名が刻まれいる。
1939年までに2130試合連続出場。1995年にカル・リプケンに更新されるまで連続出場記録となっていた。
しかし、この年、いわゆる筋萎縮性側索硬化症に冒されてしまい、5月引退。そして同年7月、ヤンキースタジアムで引退式が行われ、引退式が行われた最初の選手とされている。この時、「私はこの世界で一番幸せな男です」との言葉を残した。当時としては史上最年少野球殿堂入りも果たした。
通算成績:2164試合出場、8001打数2721安打493本塁打1888得点1995打点、打率.340
通算満塁本塁打23本は現在も破られていない。
背番号4はメジャーリーグ史上初の永久欠番となった。

1941年6月2日、筋萎縮性側索硬化症の悪化により、逝去。


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