(仏語:Régime de Vichy) 第二次世界大戦中のフランス南部の政権(1940年 - 1944年)。フランス中部の町、ヴィシーに首都を置いたことからそう呼ばれた。「ヴィシー政府」、「ヴィシー・フランス」ともいい、この政権下の体制を「ヴィシー体制」と呼ぶ。正式国名はフランス国(État français、エタ・フランセ)。
本日の題材にする書籍は、「『憲法改正』の真実」(集英社文庫)。憲法学者の樋口陽一と小林節の対談集。タイトルは、この本の序「はじめに」に置かれた、樋口さんの発言から採った。 本書はすでに読まれた方も多いかと思う。まだの方は、今からでも遅くないので、本気で読んでいただきたい。どうも私は古い本を採り上げる癖があるが、この本は2016年に発行されたものだから、すでに2012年の自民党の憲法改正草案が出ているし、集団的自衛権も合法化された後のものだ。 小林さんは、もうずいぶん前のことのように感じてしまうのだが、2015年に国会で、集団的自衛権の法制化は憲法違反だと主張した憲法学者お三方のひとりだ。もとも…
セーヌ川の水ぜんぶ抜く。 いや、厳密には悉くではないけれど、「大半」程度が関の山であるけれど──。とにもかくにも川底を容易に、大規模に、ごっそり浚い盡せるほどには流水量を減らしてしまう。 どうも、フランスの天地では、一世紀ごとに二回ほど、そういうことが試みられているらしい。 一九四二年八月十五日にもやはりこの、いわゆるひとつの「伝統行事」があったとか。 よくもまあ、と感嘆せずにはいられない。 言わずと知れた二次大戦のまっさかり、ハーケンクロイツが光の都にひるがえり、ナチの軍靴が辻々を思うがままに闊歩していた頃である。 紛うことなき非常時下でよくもまあ、一見実利と縁遠い、斯くの如きイベントを実行…
ちょっと人力車めいている。 自転車タクシーとかいった風変わりな代物が第二次世界大戦下、ヴィシー政府のフランスの地に現出(あらわ)れた。 まあ、八割方、名から察しはつくであろうが、自転車に少々手を加え、後から荷車を連結せしめ、一人か二人、客を運べるようにした、ただそれだけのモノである。 (Wikipediaより、輪タク、一九四九年頃) ガソリン不足で自動車が「置き物」へと凋落すれば、勢い代替品として、こんな工夫も凝らさなければならなかったと、貧しさゆえの産物と、左様に看做して可であろう。 なんといっても、一九四一年、リヨンに於ける一般庶民の生活事情たるやどうだ、 「もう一ヶ月以上一塊の石炭も貰へ…