Hatena Blog Tags

七年戦争

(社会)
しちねんせんそう

1756年〜1763年
プロイセン、イギリス対オーストリア、フランス、ロシア、スウェーデン、スペイン の戦い。

経緯

 オーストリアのマリア・テレジアは、オーストリア継承戦争で失ったシュレジェン(シレジア)の奪回を企図して、ロシアおよびフランスと同盟を結び、プロイセン包囲網を形成した(長年の仇敵だったハプスブルク家とブルボン家の提携は、外交革命とも呼ばれた)。プロイセン側についたのはイギリスのみだった。しかもイギリスは北米・インドの二大植民地でフランスとの覇権争いを展開しており、ヨーロッパ大陸にはほとんど介入しなかった(北米での戦いをフレンチ・インディアン戦争、インドでの戦いを第二次カーナティック戦争、と呼ぶ)。

 それでも、プロイセンは、フリードリヒ大王の卓越した軍事能力とイギリスの財政援助、そして1762年のロシアの同盟からの離脱によって、最終的にシレジアを保持し続けることに成功した。

その他

 イギリスは(フレンチ・インディアン戦争で)北米植民地の目の上のたんこぶ・ケベックの中心城塞都市モントリオールをついに占領した。またインド(第二次カーナティック戦争)でもプラッシーの戦い(1757年)で覇権を確立し、フランスをカナダ・インドでの植民地獲得競争から脱落させることに成功した。

このタグの解説についてこの解説文は、すでに終了したサービス「はてなキーワード」内で有志のユーザーが作成・編集した内容に基づいています。その正確性や網羅性をはてなが保証するものではありません。問題のある記述を発見した場合には、お問い合わせフォームよりご連絡ください。

関連ブログ

マヨネーズ2 マヨネーズの語源/起源とアメリカでの日本マヨネーズ紹介記事  フランス語由来.以前はmahonnaiseで,初めて生まれたミノルカ島の港湾都市マホン(Mahon)にちなんで名付けられたと言われていますが, etymonlineは,「(この資料の記載は)全て疑わしい」としています.現在のマヨネーズに近いレシピを初めて記載したのは,マリー=アントワーヌ(アントナン)・カレーム.アメリカでは日本のマヨネーズ人気が急上昇しているようですが,多数の紹介記事の中から一例を挙げておきます.

昨日も記したように, 日本にマヨネーズがもたらされたのは,明治時代.徐々に洋食屋の定番ソーズになっていきました. その後料理本にも紹介され,大正時代の軍隊調理法にも作り方が取り上げられている事から,大正時代にはすでに代表的な調味料と認められていたと考えられます.(魚柄仁之助 国民食の履歴書 : カレー、マヨネーズ、ソース、餃子、肉じゃが 青弓社) しかし,マヨネーズを作るのは難しく,一般家庭の台所で作られることは少なかったと思われます.これを打開すべく発売されたのがキューピーマヨネーズ.なんと大正時代の1925年に第一号が登場します. 初めは全く売れなかったキューピーマヨネーズですが,戦後しば…