本願寺の強さのひとつに、信仰を軸にしたネットワークがある。特に初期のころは漁労民である「ワタリ」、塩木流し・筏流しなどに従事していた「タイシ」と呼ばれる、川のネットワークを駆使する人々が、河川を通じて各地に信仰を拡散していったことが分かっている。こうして国境を超えて広まっていった結果、各地に寺内町が形成され、領国を跨がる軍事力や経済力を持つことを可能にした。 これら寺内町であるが、地域において強力な勢力を保っていた。直下の寺領においては領主的存在であったし、門徒には流通・商工業者が多かったこともあり、その国におけるひとつの商業圏を確立することも珍しくなかった。 三河一向一揆の主役である「三河三…