三笠宮崇仁親王

三笠宮崇仁親王

(一般)
みかさのみやたかひとしんのう

三笠宮崇仁親王は皇族である三笠宮の初代当主。
1915年12月2日生まれ。
大正天皇の第4男子。母は貞明皇后、兄は昭和天皇、秩父宮雍仁親王、高松宮宣仁親王。今上天皇の叔父にあたる。
百合子妃殿下(高木百合子)と結婚。子は甯子内親王(近衛甯子)、寛仁親王、桂宮宜仁親王、容子内親王(千容子)、高円宮憲仁親王の5人。

略歴

学習院中等科を経て陸軍士官学校、陸軍大学校に進み、大本営陸軍参謀として勤務。戦時中の陸軍の戦争指導には一貫して批判的な姿勢を示した。
1935年12月2日、成年式を行った際に「三笠宮」の宮号を賜わる。
1941年10月22日、子爵高木正得の次女高木百合子(現:崇仁親王妃百合子)と結婚。その後三男二女をもうけた。
戦後は歴史学者の道を歩み、東大文学部研究生として古代オリエント史を専攻。海外の史跡調査など学者として精力的に活動。
1955年から東京女子大や青山学院大の講師として20年余りにわたり教壇に立ったほか、テレビ、ラジオの市民講座にも出演。率直な発言と気さくな人柄で親しまれた。
90歳を過ぎても壮健で、2015年12月には100歳を迎えた。皇太子徳仁親王妃雅子が敬宮愛子内親王を、文仁親王妃紀子が悠仁親王を出産する際、安産を祈る「着帯の儀」で「帯親」を務めるなど、長年、皇族の最長老として活動を続けられた。
2016年10月27日、東京都中央区の聖路加国際病院で薨去、100歳没。

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