三雲成持

三雲成持

(社会)
みくもしげもち

1540生〜1603没
父:三雲定持 兄:三雲賢持 子:三雲成長
南近江の戦国大名・六角氏の家臣。甲賀地方の土豪、甲賀五十三家の一つ。
六角氏の執政を支えた「六角義賢・六宿老」の一人。
(後の五人は蒲生賢秀 後藤秀勝 進藤貞治 平井定武 目賀田綱清)
三雲氏の祖先は単独で明(中国)との貿易を行ったり
幕府に莫大な寄付をするなど、かなりの経済力を有していた。


浅井長政との戦いで兄を失い、織田家(柴田勝家)との戦いで父を失う。
兄の戦死後、家督相続。
家中において重きをなし、多くの文書を発給しており、内政を主に担当した。

六角義治が家臣の後藤賢豊を誅殺した、俗に言う「観音寺騒動」で
家臣団が分裂した際も、蒲生定秀などと共に、事態の収拾にあたっている。
家中の利害調整も務めるなど一部主君の業務を代行するほどの地位を占めていた。
家臣というよりは「同盟者」と言った立場であった。

六角氏の居城・観音寺城は度々、敵の包囲に晒されるが
六角親子はその度に、一時 三雲氏の居城・三雲城に撤退し再起を図った。



上洛を目指す、織田信長の攻勢の前に次々家臣が寝返り、衰退してゆく主家(六角家)に最期まで忠義を尽くした。
主家滅亡後、本拠地を失い浪人するが、1584年に織田信雄、後に蒲生氏郷に仕えた。
息子の成長は徳川家康の旗本として仕え、旧領(甲賀)に千石を得た。


織田信長の活躍した時代に滋賀県付近に勢力を持った地方の豪族。


※参考
武家列伝・三雲氏
http://www2.harimaya.com/sengoku/html/mikumo.html
近江・三雲城
http://www.asahi-net.or.jp/~qb2t-nkns/mikumo.htm

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