リスト::漫画家 少女誌執筆の頃は“上田としこ”、新聞の執筆の頃は“上田とし子”、その後“上田トシコ”と現在まで3回ペンネームを変えている。
大正6年(1917年)東京に産まれる。
生後40日で満州ハルピンに渡り、少女時代を過ごす。
帰国後、昭和10年(1935年)松本かつぢの弟子になる。
少女画報などに漫画を掲載しながらも、「人間をちゃんと描けなきゃダメ」とデッサン塾に通う。
自分の力不足に悩んでいた頃、漫画集団の近藤日出造に「あなたは世間知らずだから漫画家には向かない」と言われショックを受ける。
一念発起し社会勉強兼、滅私奉公をしようとハルピンに戻り満州鉄道に勤める。
のちハルピン日日新聞に転職して終戦。1年間満州に抑留の身となる。
終戦の荒廃の中で、まんがの絵が周囲の人々を明るくする事。喜ばれる事を実感する。
昭和21年(1946年)日本に引き上げ。
昭和26年(1951年)9月『少女ブック』創刊。創刊号より「ぼくちゃん」連載開始。
この時期『少女の友』『ひまわり』『少女』『女学生の友』などに描きまくる。
昭和30年(1955年)『りぼん』創刊。創刊号より「ぼんこちゃん」連載開始
昭和32年(1957年)『少女クラブ』※で「フイチンさん」連載開始。まんが史に残る名作となる。
昭和33年(1958年)『平凡』で「お初ちゃん」連載開始。11年に及ぶ長期連載人気作品となる。
昭和35年(1960年)「フイチンさん」が第5回小学館児童漫画賞を受賞
昭和48年(1973年)『明日の友』に「あこバアチャン」連載開始。31年後の平成16年現在も連載中
平成元年(1989年)「あこバアチャン」が日本漫画家協会賞優秀賞を受賞。
平成15年(2003年)日本漫画家協会賞文部科学大臣賞を受賞
平成15年(2003年)アニメ「フイチンさん」完成(企画制作あにまる屋)
平成16年(2004年)ロードショウ上映決定
平成20年(2008年)3月逝去。89歳。