『長谷川利行画集』/長谷川利行画集刊行会/中央公論美術出版/昭和38年刊 海を見ながらビールでも飲もうかと思って。引越しの報告にそう付け足すと、どういうわけか誰も彼もが「いいですね」「素敵ですね」と言ってくれた。みんなそんなに海とビールが好きなのか? 特に姉は「いいなあ、いいなあ」と嫉妬まじりに繰り返すので、それなら自分も海の近くに引越せばと思ったけれども、姉には学校に通う子供があり、近所で長く続けている仕事もある。私が自分一人の都合で引越しできるのは、言ってみれば何も持っていないからだ。家も子供も、取り替えの効かない勤務先もない。人と比べて余分に持っていたのは本くらいで、それも七割方処分する…