大分県中津市にある城。中津藩の城として福沢諭吉旧居と並び、城下町中津を代表する観光名所となっている。 1587年に黒田孝高(如水)築城に着手したが福岡藩に転封され築城が中断。その後、細川忠興が築城を再開し1621年に完成した。天守閣は1964年に観光開発を目的として鉄筋コンクリートで建築されたいわゆる模擬天守であり、江戸時代には無かったものである。
2026/2/23 下見板張りの 黒天守 手前に 二重櫓 なんとも カッコイイじゃないですか! 椎木門から 二の丸に出て 本丸東側石垣沿いに進むと… 見えてくるのであります ここに 💉 されてるのに ガッカリ 高札風の 案内板? 近年取り付けた 階段 どんどん 元の遺構が 変わってるのが… あっ それを 言ったら 天守も 二重櫓も ともかく 階段の所まである 堀まで 行きましょう ここまで来ると 天守台の 立派さに 感心させられます 写真撮ると 手前の建物が たいそう残念に思う せめて 黒っぽい色にするとか 考えられなかったものだろうか 切っても 切れないでござる ⇧ 中津城の 水堀 ここ 杭…
2026/2/23 中津城 別名 「扇城」と言われる所以の 扇形の石垣 なんですが… 現在 さっぱり わからないように なってしまってる 1600年代 小笠原時代にあったモノが 無くなり 江戸期を 通して 無かったモノが ある なんだかな~ こんなもんだと わかっちゃいるけど… 城井神社 扇城神社 から 天守前の池に来たので 門から 出ることに した 椎木門 なんですが… 門内に こういう所も あったりします これって この辺りが 改修工事が行われた 形跡かと また… 刻印のある石 お城巡り 最初の頃は 目が行く 矢穴と刻印 これが だんだん 当たり前になって来て この 石の そばにある 丸い…
2026/2/23 城井神社の川側 つまり城の石垣 ここに 石段があります 城時代の雁木ではないようです が、上がりましょ 上がって 右手 河口側 反対の 左手 上流側 ここのエリアは 玉垣で囲まれているので 城井神社が 再建された時に 整備された と思われる コンクリート製の円柱 これは なんだろうか 神社関連 城関連 公園関連なのかも 全く不明 転落防止柵にもなる 玉垣が 崩れてます 玉垣に 触れないように 撮影 玉垣から 外に 城の石垣 と ここ 凹んでるのですが 玉砂利 川砂利 使った コンクリ 昔の 施工 よく見かけたものです もしこれ 城井神社再建時なら 100年オーバー 河口側の…
2026/2/23 中津城 本丸 西の水門 中津神社 ⛩ ⛩ 中津大神宮 天守が東 その 間の ⛩ ⛩ の社が 本日メインの 2つ目 3つ目 来ました 城井神社 私が 説明するよりも まず読んでいただきたい で… 中津城内で 謀殺した 宇都宮鎮房を 中津城内に 祀ってある 一旦は 西門付近に埋葬されたのらしいが 3年後 謀殺した本人 長政が城内に 社 を建てた 理由は 「感ずるところがあって」と記録にあるらしい 福岡に転封しても 分霊を 祀っている その後 細川、小笠原、奥平が入場しても 例大祭は続けられた 廃城後 例大祭もなくなったが 現在 再興 う~む 「感ずる…」 程度のものだろうか? …
2026/2/23 三の丸 西から 本丸に入る 虎口 これが いろいろ ありそうなのよ 古い石垣 古い石積み の ように見えるのだが 積み直してるようにも 見える コリャー 積み直してますね ⇦ 本丸 南側石垣 城内 石垣崩れてたりします… 現在 復元されてますが けっこうな 破城 だったとも… この辺り 石垣が 高くない 馬🏯琴さんの ご指摘通り だと思います 通路も 土 盛られてますし 門の代わりに 車止め 城内側からの 虎口 デカイ 石で 積んであります 多くの 矢穴痕 丁場 どこだったのでしょう 河原にも 大きな岩が あった…かも 水門… ちょっと 気になる 門 資料 出てこないやろな…
2026/2/23 西門から 水門へ 行きます 途中 垣根の中に 紅い鳥居もあります 虎口が見えてきました その前に 手前を 右に行きますと 本丸南側石垣 堀に出ます ここは 埋め立てられてしまってます 🅿に してしまったようです 堀も 発掘 石垣も 積み直し 見事に 復元された 歴史資料館 ⇩ 本丸南側石垣の 西の端 風呂があるのでしょうか…? カメラ持ってるので あまり近づかないでおきましょう この積み方は 細川時代の 石垣ですね おっ ▷ 発掘 復元された 本丸南側石垣 黒田時代の石垣の上から 幅も高さも厚みも 細川時代に 大きくした ものの 廃城時に 大きく崩されていた 堀も 埋まって…
2026/2/23 西門 桝形虎口の 石垣 中津12万 ゴック 石 にしては 低く~ござらんか? かなり 埋まってると思います 車、通すのと 宅地にするので どんどん 土、盛ったのでしょう 植え込み近くまで 埋めずに残して… ええい 面倒じゃ~ 堀返すのじゃ~ 時代劇もの見てると 「じゃ~ じゃ~」言ってますが… ほんとに 言ってたのですかね? 聞いたことある人 居ないし… 口語で書かれた 古文書も 無いし… 案内板の前から見た 桝形虎口 搦手 とのことですが 明るく 広い ここも よくある 最初は 大手? だったのじゃないですかねぇ 桝形 正面の 石垣 鏡石は ありませんが、 大きい石ばかり…
2026/2/23 山国橋 渡り 中津側の 山国川土手を 河口に向かって歩きます 河川敷整備されていますが 河原だったのでしょう 土塁のような 土手だったのではないでしょうかね 橋の向こうは 中州です この辺りから 土手は ぐーーっと 右に曲がります 中州の向こうが 本流の 山国川 こちらは 中津川 この先に 中津城があります この川は 外堀ですね きっと 官兵衛が 川の流れを 変えたのだろう なんて 思っていたら… 江戸の頃は こちらが 本流だったらしい 流れが 変わって 現在のようになったのだとか 確かに 向こうの 山国川が まっすぐだ 氾濫を繰り返して まっすぐ流れるようになったってこと…
この記事は 計算中 で読めます 広島から大分・熊本横断ドライブ2泊3日の旅 2日目中津、耶馬渓、宇佐神宮を巡る 黒田官兵衛ゆかりの中津城 福沢諭吉旧居で偉人の足跡をたどる 南へと進路を取り、耶馬渓へ 名勝の中を走る心地よさ 八幡信仰の総本宮、宇佐神宮へ 広島から大分・熊本横断ドライブ2泊3日の旅 2日目中津、耶馬渓、宇佐神宮を巡る はじめに 2日目は朝からレンタカーで北方面へ向かいました。昨日は山あいの風景を楽しみましたが、この日は歴史を感じる場所を中心に巡る行程でした。道は走りやすく、交通量も多くありませんでした。青空の下、快適なドライブが始まりました。 黒田官兵衛ゆかりの中津城 別府ICか…
昨夜ギターを弾きかけたら5弦の糸巻きが壊れた。 ネジがゆがんでいたので気になっていたが遂に外れた。車旅用に買ったが旅もそろそろ終わりだし、帰ってゆっくり交換する。 「福沢諭吉旧居」と隣接して「福澤記念館」がある。入館料を払おうとしたら「中津城」と「中津市歴史博物館」のセット券を薦められた。個別に買うより200円安いらしい、1500円。 福澤諭吉には正直なところ興味は薄かったが記念館は面白かった。いまさらだが "学問のすゝめ" を読んでみようかと思う。 「中津城」 甲冑の展示が多かった。熊の毛をあしらった甲冑は家康が身に付けたものだとか。 「中津市歴史博物館」には縄文から昭和レトロまでが展示され…