古代の日本の有力豪族の1つ。忌部氏とともに神事や祭祀をつかさどった中央豪族である。古くから現在の京都市山科区中臣町付近の山階を拠点としていた。天児屋命(アメノコヤネ)を祖とする。姓は連で八色の姓制定後の姓は朝臣だった。 中臣氏は物部氏とともに仏教受容問題で蘇我氏と対立した。その後、中臣鎌足は645年の大化の改新で活躍し、死後は藤原姓を賜った。以後鎌足の子孫は藤原氏を名乗ったが、本系は依然として中臣を称し、代々神祇官や伊勢神官など神事職や祭祀職を世襲した。
今回の記事では、鹿島大社の祭神である「タケミカヅチ」が、なぜ遠く離れた奈良の地で中臣氏(後の藤原氏)の氏神として祀られるようになったのかについて考察します。 中臣氏と鹿島神(かしまのかみ) 鹿島神(かしまのかみ)の正体 鹿島神(かしまのかみ)は道祖神? 鹿島神(かしまのかみ)は蛇神? 鹿島神は太陽神? 鹿島神を祀った多氏・建借馬(たけかしま) 中臣氏が鹿島へ進出 まとめ 中臣氏と鹿島神(かしまのかみ) もともと中臣氏が氏神として崇めていたのは、河内国(大阪府東大阪市出雲井町)にある枚岡(ひらおか)神社の「天児屋根命(あめのこやねのみこと)」であったとされています。 この神様は「天の岩戸」伝説で…
神別氏族ではやはり大伴氏族の活躍が目立つ。これだけ壬申の乱で活躍しておきながら、徐々に藤原氏に勢力を削がれて衰退してしまうのだから、ちょっと残念。 初出及び他の系図:継体持統51:壬申の乱 人名辞典 - 上古への情熱 大活躍の大伴氏 壬申の乱は倭京において大伴一族が大活躍する。大伴嫡流はすべて大海人側で、反近江朝という態度を鮮明にしていたようだ。 もともと、大伴嫡流と大海人皇子は関係が深い。大海人側の重鎮栗隈王の妃で美努王の母は右大臣大伴長徳の娘。中臣鎌足は大海人皇子とともに親新羅反唐派を成し天智・大友と対立したが、中臣鎌足の母は大伴長徳姉妹の智仙娘。大海人皇子人脈は大伴氏と深く関わっている。…
2025年9月28日(日)太田茶臼山古墳に続いて、翌日には今城塚古墳に隣接する今城塚古代歴史館主催の公開講座を受けてきました。 埴輪祭祀場今城塚古墳は宮内庁管轄ではないため、市民の誰もが集うことのできる公園になっています。埴輪祭祀場なども復元され、古代ムード満点です。 墳丘と内壕を囲む円筒埴輪内濠の周囲には円筒埴輪の列によって結界が張りめぐらされています。過ごしやすい季節なので、公園内では家族連れがテントを張ったりピクニックをしたりしてのんびりくつろいでいました。 出土した形象埴輪何度も訪れた今城塚古代歴史館。館内には出土した本物の形象埴輪の数々が展示されています。 阿蘇ピンク石製家形石棺のレ…
大阪府茨木市と高槻市の境の #阿武山。1930年代、京都大学地震観測所近くの小山で古墳石室が発見されました。約50年後、事態が進展。被葬者が #藤原鎌足 公であると強く推定される物証が集まりました。この時の経緯を含め過去記事を一本の動画にまとめました 目次 youtube動画 動画の説明 参考資料(過去記事) 本文 youtube動画 https://youtu.be/7pT6YXHY_xo youtu.be 動画の説明 大阪府高槻市と茨木市の市境の阿武山(あぶやま) 茨木市を流れる安威川(あいかわ)は阿武山から流れてきます。 1930年代、京都大学・阿武山地震観測所の初代所長、志田博士が地震…
早朝の #奈良公園 。 #春日大社 参道の樹々の間から朝の光が射し込む時間、神の使いの #シカ たちはそれぞれが目覚めた場所でノンビリ。立派な雄ジカが #藤 の樹をバリバリ食べる様子を目撃 #御蓋山 目次 春日大社参道のシカたち 春日大社の創建 発見!藤の樹とシカの関係 本文 春日大社参道のシカたち 朝イチの電車とバスを乗り継いで奈良公園へ。 春日大社の参道には東の御蓋山(みかさやま)の方から朝の強い光が差し込みます。 春日大社参道 この時間、鹿たちはそれぞれが目覚めた所で、ぼんやりしていたいようです。 写真を撮るのに近づくと、多少警戒されますが、逃げるようなことはしません。 アクビをしている…
摂津国島下郡であった現在の #大阪府茨木市 には #春日神 を祀る神社が多く、その始まりは #藤原鎌足 公であり、平安時代には #摂関家 の領地でした。鎌足公の墓から出土した #水紋様の古代レンガ を考察 #中臣氏 #海人族 #阿武山古墳 目次 摂津国 島下郡 鎌足公の墓(阿武山古墳)が水紋の古代レンガで覆われていた理由 本文 摂津国 島下郡 大宝律令(701年、大宝元年)で定められた摂津国島下郡(せっつのくにしましものこおり)は、現在の茨木市、摂津市、吹田市。 摂津国島下郡(せっつのくにしましものこおり) 平安時代の延喜式神名帳に、島下郡の十八座が式内社として記載されており、うち現在の茨木市…
河内の古代史 を考えながら #新大和川 河川敷をウォーキング。流域周辺の神社をお参り。#中臣須牟地神社。飛鳥時代の官道 #磯歯津路 のこん跡に #藤原氏 として栄華を極めた #中臣氏 の原点がうかがえます 目次 中臣須牟地神社(なかとみすむちじんじや) 古墳時代の息長河(おきなががわ)、飛鳥時代の磯歯津路(しはつみち) 境内の様子 本文 中臣須牟地神社(なかとみすむちじんじや) (34.6040215, 135.5384870)/大阪市東住吉区住道矢田2丁目9−20/近鉄南大阪線矢田駅から東に徒歩十分。駐車場はありません 中臣須牟地神社(なかとみすむちじんじゃ) 大阪の「超がつく」難読地名のひ…
中臣氏といえば藤原氏の源流であり、日本史史上最も栄華に満ちた一族です。今回は藤原氏の源流である中臣氏についてまとめていきます。
物事の真実(レンコンなりの解釈) セカンドライフを始めて間もないレンコンですが、歴史の真実を妄想し、調査している段階ですが、今現在のレンコンが信じる歴史の真実を不定期に発信したいと思います。よろしければレンコンの妄想にお付き合い下さい。今回は、東大阪市にある枚岡神社をリサーチします。 枚岡神社 ご祭神 天児屋根命(あめのこやねのみこと)中臣の祖伸、比売御神(ひめみかみ)天児屋根命の后神、経津主命(ふつぬしのみこと)香取神宮の祭神、武甕槌命(たけみかづちのみこと)鹿島神宮の祭神でともに中臣家と縁が深い神です。 天児屋根命は、天孫降臨時に瓊瓊杵尊のお供で重責を担ったことになっています。 枚岡神社の…
私は、姓氏や苗字とか地名とかが、とても気にかかるところがあって、すぐに調べないではいられなくなったりする。 ここで言う国名は、世界の国々の名前ではなく、 日本の律令制に基づいて設置された地方行政区分である令制国(りょうせこく)や律令国(りつりょうこく)の国名である。 今回は、明治初期に作られた「迅速測図地図」というのに興味を持って見てるうちに、葛飾郡、印旛郡、相馬郡などや下総国を調べるようになったのがきっかけでした。次々と、興味深いことがみつかりました。 令制国が成立したのは、大宝律令が制定された大宝元年(701年)である。奈良時代には、大きな改廃がなされたが、その後平安時代から江戸時代までの…