荒玉水道 大正時代から山の手地域は人口が急増しました。そのため水道の敷設が急務となり荒玉水道が敷設されました。これは世田谷区砧から多摩川の水を引いて中野・杉並・豊島・板橋・練馬・北区に水道供給をするためのものでした。 (中野区ホームページ 「野方配水塔」 ) 荒玉水道は、1925(大正14)年に荒玉水道町村組合が設立され、1928(昭和3)年に営業給水を開始したが、4年後の1932年に東京市水道に統合された†。荒玉という名は、玉川(=多摩川)からの水道を荒川流域まで引き、荒川からの水道と合わせて東京西北部の水需要に応ずる構想に基づく¶。 † 真板道夫「荒玉水道物語」, 日本水道協会『水道協会雑…