中野正剛

(一般)
なかのせいごう

戦前の政治家
1886年2月12日福岡市生まれ
1920年にジャーナリストから転じて衆議院総選挙に出馬し当選。
当初は反軍的政治家であったが、満州事変以後民政党を脱党し、ファシズム色の強い国民同盟を結成に参加。1936年には東方会をを結成し自ら総裁となる。1937年から1938年にかけて、イタリア、ドイツ両国を訪問し、ムッソリーニ、ヒトラーと会見。1940年に大政翼賛会総務に就任したが、東条英機首相が独裁色を強めるとこれに反発し脱会。昭和18年に近衛文麿ら宮中グループやを動かして東条内閣の打倒を画策したが、警察に逮捕され、保釈後割腹自殺。

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