中国史の一時代。
西暦301年に始まった帝位継承紛争「八王の乱」によって西晋王朝が崩壊し始めたのを契機に、当時、中国の内外に多数居住していた異民族が華北に侵入した。彼らは略奪を行って引き上げるという遊牧民的な行動の代わりに中華領域内に定住して数多くの国を建国した。国の数がおおよそ十六であり、この時代を担った異民族が五族(匈奴、鮮卑、羯、羌、氐*1)であったことからこの名がある。
一般に、439年、北魏が北涼を滅ぼして華北を統一した時点でこの時代は終わり、南北朝時代*2に移るとされる。
おおまかにいって、華北主要部では、東部と西部に確立した二つの王朝が対立する構図が、王朝が交代しながら続いた。現在の甘粛省付近では、いずれも「涼」と自称する*3五つの王朝が興亡した。江南はほぼ一貫して西晋王朝の衣鉢を継ぐ東晋王朝が存続した。こうした大勢力の間でいくつかの小国が勃興し滅亡していった。
著者:陳舜臣 三国時代 昔、吉川英治の小説は読んだけど、ずいぶん忘れてるなあ。 あらためてみると、関羽の評価は低くなるなあ。確かに、顔良を倒したのはすごいが、やられかたが酷かったね。部下には優しいものの、上司や同僚には厳しく、それがもとで援軍をうけられなかった。 魏があっさりと滅んだのは、権力争いを恐れて皇帝が他の皇族を遠方に追いやってしまったから。一族の同士討ちの怖れはあるが、かといって皇族は今の皇位の権力を続けようとする。 そのため晋は皇族を各地の王にして権力を与えた。もっとも、それでやっぱり権力は揺らいだのだから何をやってもうまくいかないのだろう。 晋では昇進は家柄によるものが大きかった…