2019年7月号掲載 毎日新聞夕刊報道グループ記者(当時)/藤原章生 最近読んだ本にこんなくだりがあった。 <意識には見たものや聞いた言葉が自分の外側からやってくるということを見極める役割がある>。これはフランスの作家、ピエール・パシェという人が2007年に書いた「母の前で」というエッセーの翻訳である。パシェは1937年に生まれ、2016年に亡くなっている。この作品は認知症で息子のこともよくわからなくなった母親をつぶさに観察し、あれこれと考えを深めたものだが、最初の章「内なるラジオ」の一文に私は引き込まれた。 作家は時々母親に電話を入れる。すると、母親は型通りの挨拶のあと「いま面白いラジオを聞…