伊賀の消息を伝える書誌に「月見粥」というのがあった。 昭和四、五年あたりまで、彼の隠し国の人々が日常的に口にしていた品らしい。 なんだ、雅な名前じゃないか、囲炉裏がけした土鍋の中に鶏卵でも落とすのか、乱破どもにも、あれで存外、もののあわれを解すゆとりがあったかい――と先入主を広げていたら、とんでもない。行から行へと読み進めるに従って、思わず真顔にさせられた。 粥は粥でも、あまりに米の量が少なく、水増しされているために、箸をつける前であろうとはっきり月が映じて見える。貧困を象徴するような、そういうおそるべき代物が、伊賀に於ける「月見粥」の正体だった。 こうなると名前自体の風雅さが、ある種深刻な皮…