西暦291年〜西暦306年
晋(西晋)の滅亡の原因となった内乱。晋は王族(司馬氏)を各地の王としたが、彼らが外戚らを巻き込み(あるいは巻き込まれ)争いを繰り広げた。その際、(ゲルマン人を傭兵にするような感覚で)諸王は北方の異民族(五胡)を軍事力として導入し、後の永嘉の乱へと繋がることになる。
晋の恵帝の時代に、外戚の楊氏が権力を握ると、これに対抗して皇后の一族である賈氏が諸王と組んで楊氏を滅ぼした(291年)。これが動乱の時代の始まりであり、つづいて権力を握った賈氏に対して、これを諸王が滅ぼし、以後諸王の間で争いが行われた。
最終的には307年の永嘉の乱によって西晋は滅び、五胡十六国時代が幕を開けることになる。