わずかな手掛かりをもとに、ほとんど独力で訳出した「解体新書」だが、訳者前野良沢の名は記されなかった。 出版に尽力した実務肌の相棒杉田玄白が世間の名声を博するのとは対照的に、彼は終始地道な訳業に専心、孤高の晩年を貫いて巷に窮死する。 我が国近代医学の礎を築いた画期的偉業、「解体新書」成立の過程を克明に再現し、両者の劇的相剋を浮彫りにする感動の歴史長編。 江戸の町々に、春の強い風が吹き付けていた。 日本橋に通じる広い道を、中津藩医前野良沢は総髪を風になびかせながら歩いていた。 吉村昭の歴史小説「冬の鷹」 の書き出しです。 前野良沢は、藩医として豊前中津藩中屋敷に住んでいました。現在の東京都中央区明…