文芸評論家。1948年4月1日、山形県生まれ。 東京大学文学部仏文学科卒。国立国会図書館勤務を経て、現在明治学院大学国際学部教授。 主な著書に『アメリカの影』『日本風景論』『「天皇崩御」の図像学』『言語表現法講義』『敗戦後論』『加藤典洋の発言』『可能性としての戦後以後』『戦後的思考』『日本の無思想』』『日本人の自画像』『ポッカリあいた心の穴を少しずつ埋めてゆくんだ』『テクストから遠く離れて』『小説の未来』などがある。
など多数。
『人生で大事なことはすべて寅さんが教えてくれた』という著書の新聞での広告が目に入って、そう言えば、京都市中京区にある子ども未来館の館長が、公園の砂遊びなどを通して子ども通しのつき合い方すべて学ぶと言われていたなと思い出していた。 まだ言葉も十分ではない幼子が、“おともだち”となにやら「会話」しながら遊んでいる様子を見守りながら、こうして社会性も協調性も育くんでいくのだろうと納得するものがあった。互いに相手にも通じないだろう“ことば”を発している。顔を突き合わせて、言葉の幼稚さを超えて、手ぶりをまじえて、コミュニケーションしている。その様子が本当にほほえましく、この時期しか見られない成長の一過程…
* イェルサレムのアイヒマン 20世紀を代表する政治哲学者、ハンナ・アーレントには1963年に公刊した『イェルサレムのアイヒマン』という大変有名な著作があります。ここでいう「アイヒマン」とは、ナチスの戦犯であるアドルフ・アイヒマンのことです。アイヒマンは第二次世界大戦中にユダヤ人の強制収容所への大量移送で指導的な役割を果たしており、戦後はアルゼンチンに潜伏していたところ、1960年5月にイスラエルの秘密警察に拘束され、1961年にエルサレムで裁判にかけられ、同年12月に第一審で死刑判決が下され、控訴審を経た翌年5月に絞首刑となっています。 アーレントはアイヒマンの裁判が行われるというニュースを…
敗戦後論 (ちくま文庫) 作者:加藤典洋 筑摩書房 Amazon 1997年の本。2005年に文庫化された。 今月発売の「群像」9月号に、加藤典洋の論考が掲載された。「敗戦後論」を批判した米国の学術界に対し、加藤が15年前に英語で反論した文章である。これを機に、SNSでは加藤を再評価する機運が高まっている。僕もそれに乗って読み直すことにした。 加藤が戦後日本を考えるうえで中心に据えるのが、「敗戦後」という時間がもたらした「ねじれ」である。日本は第二次世界大戦で敗北した。その戦争は侵略戦争だった。アジアに対して加害したため、戦場で死んだ日本兵をどう悼めばよいのかという問題が残る。彼らは侵略戦争の…
* 戦後民主主義の到達点 國分功一郎氏は新著『天皇への敗北』(2026)において戦後憲法学を切り口として日本の戦後民主主義を論じています。同書はその冒頭で日本を代表する憲法学者樋口陽一氏の言葉を引き、戦後日本の憲法学者たちは単に憲法の専門家である以上の任務が課せられていたといいます。それはすなわち「憲法が訴える価値を国民に丁寧に伝え、その価値に対する敬意を国民の中に育むと同時に、国民が憲法を担う手助けをすること」です。 そして同書によれば日本の憲法学者たちは憲法を「物語」として語ることで、この課題を遂行してきたとされます。また戦後日本の特徴として文学者たちが憲法について積極的に発言したことを挙…
彼は一皇国少年として、「自分の生涯が戦火のなかに消えてしまう」ことについて「未熟ななりに思考、判断、感情のすべてをあげて内省し分析しつくしたと信じ」た。「もちろん論理づけができないでは、死を肯定することができなかったからだ」。しかし、その考えは、戦後になって、占領軍の政策発表の民主的なあり方の見事さ、ガムを噛むくったくない占領軍兵士たちのカジュアルさ、さらに東京裁判の過程で日本軍が大陸で行っていた麻薬攻勢などの事実が明るみに出されるに及んで、そのお話にならない世界認識としてのお粗末さを露呈し、自分は世界のあり方をまったく正確には掴んでいなかった、という茫然自失の念に彼を突き落とす。 しかし、そ…
深夜起床して、長時間 PC の前でぼーっとする。 晴れているが、黄砂かな。 ふとんの中で加藤典洋『日の沈む国から 政治・社会論集』(2016)読了。図書館から借りてきた本である。閉口させられながらも、なかなかおもしろかった。加藤さんは2019年に、71歳で亡くなられているのか、わりと早かったな。加藤さんの文章は飛躍が多くてあまり論理的でないのだが、その飛躍がなかなかに貴重、というタイプの書き手だと思う。折口の「別化性能と類化性能」でいえば、後者の類化性能が発達しているというタイプといってよく、かかるそれこそが世界を豊かにするのである。 特に本書の最後に収められた、カンタン・メイヤスーの『有限性…
内田樹氏の交友関係を知っておくと、教科書の内田樹の文章が読みやすくなるのではないかと思って、内田氏のブログをまとめておく。 加藤典洋氏について 加藤氏の「語り口の問題」について その他の交友関係 加藤典洋氏について 『敗戦後論』加藤 典洋 | 筑摩書房 で有名な 加藤 典洋 (Norihiro Kato) - マイポータル - researchmap (故人)と内田氏は交流有り。 4月19日 - 内田樹の研究室 によると、加藤典洋と書評で出会ったという。 加藤氏は ウチダ先生最後の講義完全収録!『街場の文体論』内田樹 | 文春文庫 第11講に「野蛮人の会」のメンバーとして登場。 加藤氏の 僕が…
戦後入門 (ちくま新書)作者:加藤典洋筑摩書房Amazon■なにしろ約600頁超の大著なので、今年中に読み終えるかどうかと思ってましたが、読み始めると引き込まれますね。読み応えがあります。しかも読みやすい。読了すると、満足感も大きい。著者の書きぶりによるところが大きいと思う。著者はもともとこの歴史分野の専門家ではないので、逆に読みやすくなっていると思う。学者ではなく、文芸評論家としての思考であり、書きぶりゆえに。後の『9条の戦後史』は遺作で、最終的な編集調整をする前に作業ができなくなったので、本来ならもっと整理されて、すっきりしたものになったはずだった。本書を読むと、やはりそう感じる。■いちば…
■趣味のブログなので基本的にあまり政治的な記事は書かないようにしているところですが、最近立て続けに読んだ本で、すっかり啓蒙されてしまったので、備忘として記録しておこうと思います。■まず矢部宏治の企画した戦後史再発見シリーズをいくつか読みました。これは衝撃的でした。太平洋戦争で敗北した日本は、いまも米国の属国であることを、機密解除された米国公文書から明かしてゆく、説得力抜群の著作群です。まさに目から鱗が何枚も落ちる経験でした。昔は確かにそうかもしれないけど、経済発展も遂げて、今は違うでしょと、なんとなく思い込んでいたけど、戦勝国が若い国民(兵士)の血で贖った敗戦国に対する破格な特権は、容易に手放…
ξ 心的なものを、意識的なものと無意識的なものに区別することは、精神分析の大前提である。 この区別に基づくことで精神分析は初めて、心的な生において頻繁にみられる重要な病理学的なプロセスを理解し、科学の枠組みにおいてこれを分析する可能性を確保できるのである。 言い換えると、精神分析では、心的なものの本質は意識のうちにはないと考えている。・・・ 哲学的な素養のある多くの読者にとっては、意識的でない心的なものという理念は非合理的で、基本的な論理法則に反するものと思われるだろうし、理解しがたいものであろう。 しかし読者がそう思うのは、病的なものは別として、催眠術と夢の諸現象を研究したことがないためであ…