加藤紘一
- 1939年6月17日、生まれ
- 東京大学法学部卒業、外務省に入省 ハーバードケネディスクール,香港中文大学
- 1972年、自由民主党から衆議院選挙に出馬、旧山形2区で当選。
- 第1次、第2次大平内閣で内閣官房副長官、第2次中曽根内閣第1次・第2次改造内閣で防衛庁長官、宮澤内閣で内閣官房長官を務める。その後、党幹事長代理、政調会長、幹事長と要職を歴任。宏池会の会長となり総裁候補となる。
- 1999年、小渕首相と総裁選で争い敗北。
- 2000年、いわゆる加藤の乱で宏池会分裂。
- 2002年、元事務所代表の脱税事件に関連し3月に自民党離党、4月9日に議員辞職。
- 2003年、無所属で衆議院選挙に出馬。返り咲きを果たす。その後自民党へ復党。
- 2012年、衆院選に自民党公認で出馬も自民党自体の追い風とは裏腹に高齢・多選批判の逆風にさらされ選挙区で阿部寿一に敗れる。党の年齢制限で比例東北ブロックと重複立候補できず落選した。
- 2013年4月、後援会関係者との会合で三女加藤鮎子氏を後継者に指名し、事実上政界引退の意向を示した。
- 2016年9月9日、死去。


















