[英文表示] Hokkaido Nippon-Ham Fighters
日本のプロ野球チーム。一軍はパシフィック・リーグに所属。
略称「北海道日本ハム」。
交流戦優勝1回(2007)
リーグ優勝5回(2006、2007、2009、2012、2016)
日本一2回(2006,2016)、アジアチャンピオン1回(2006)
概要
- 法人名
- 株式会社北海道日本ハムファイターズ
- フランチャイズ
- 札幌市
- ホームスタジアム
- 札幌ドーム
- チームカラー
- 金色、茶色、グレー
- チームマスコット
- B・B、C・B*1、ポリーポラリス
- 公式球団歌
- 「ファイターズ讃歌」
- 公式応援歌
- 「Go!Go!ファイターズ!」
沿革
- 日本ハム・ファイターズ球団創立より30年目となる2004年、フランチャイズを北海道札幌市へ移転。*2
本拠地を札幌ドームとし、「北海道日本ハムファイターズ」に名称変更。球団事務所はドーム敷地内にJリーグ、コンサドーレ札幌と共同で建設。レギュラーシーズン3位となりプレーオフに進出も、第1ステージで惜敗。
- 2005年、札幌市東区北五条東8丁目サッポロビール園敷地内に屋内練習場を開設。付近をファイターズ通りに改称。
7月22日、丸井今井札幌本店内にオフィシャルショップがオープン。
- 2006年、レギュラーシーズン1位となり、2年ぶりに進出したプレーオフを制して25年ぶりのリーグ優勝。2004年からのプレーオフ制度施行後初の完全優勝。フライヤーズ時代を含めて44年ぶり2度目の日本一も果たす。
- 2007年、球団新記録の14連勝を達成。同時に2年連続2桁連勝の偉業も達成する。
交流戦優勝、レギュラーシーズン2連覇、クライマックスシリーズも制するが、日本シリーズは2年連続の顔合わせとなった中日ドラゴンズ相手に1勝4敗で戴冠ならず。
移転前年にあたる2003年から監督を務めていたトレイ・ヒルマンが勇退。
- 2008年、梨田昌孝が監督に就任。4月、札幌駅内にオフィシャル・ショップ「ファイターズステーション」が開店。
シーズン3位となりクライマックスシリーズ出場も、ファイナルステージで埼玉西武ライオンズに敗れる。
- 2009年、3度目のリーグ優勝。クライマックスシリーズを制して日本シリーズに出場するも、2勝4敗で読売ジャイアンツに敗れる。
- 2010年、千葉ロッテマリーンズとクライマックスシリーズ出場権争いを繰り広げるも、0.5ゲーム差で4位に終わる。
- 2011年、梨田昌孝が退任。
- 2012年、栗山英樹が監督に就任。同年、4度目のリーグ優勝。
- 2016年、5回目のリーグ優勝。同年、10年ぶりに日本シリーズを制した。
成績
- 2004年 3位(レギュラーシーズン3位)
- 2005年 5位
- 2006年 1位(完全優勝、日本一、アジアチャンピオン)
- 2007年 1位(リーグ優勝)
- 2008年 3位
- 2009年 1位(リーグ優勝)
- 2010年 4位
- 2011年 2位
- 2012年 1位(リーグ優勝)
- 2013年 6位
- 2014年 3位
- 2015年 2位
- 2016年 1位(日本一)
- 2017年 5位
ドラフト会議でのこだわり
ドラフト会議、こと1位指名については、当年で1番評価している選手を指名するポリシーを実践している。他球団との競合も、選手側から拒否されるのも承知の上の指名は特攻と言われることもあり、この信念ゆえに物議を呼ぶこともある。
代表的な例が2011年で、当時の巨人監督、原辰徳の甥でもある菅野智之へ特攻。巨人とのくじ引きを経て交渉権が日本ハムに渡ったため、菅野は早くから表明していた通りに巨人以外からの指名を断って浪人、翌12年のドラフトで単独指名を受けて巨人に入った。血縁も含めて事情を知っていたなら自重してほしかったと、日本ハムの姿勢への不快感が目立つ一方で、全球団平等に与えられている権利を行使したまでと理解を示す声もあった。
その後、トレードをはじめとする交流は断絶状態になり、2015年に巨人のGMが交代して、矢野謙次を中心とした2:2のトレードが行われてから交流が戻った。
歴代監督
- トレイ・ヒルマン(2004-2007)
- 梨田昌孝(2008-2011)
- 栗山英樹(2012-)
その他
- ファイターズガールが応援の華。
- ファームは千葉県鎌ヶ谷市のファイターズタウンに置かれ、独立採算を目指している。
関連キーワード
- 日本ハム
- 北の国から
- チキチキバンバン(関東限定)
- ジンギスカン
- ヒルマンズハングアウト