二〇二五年も終わろうとしている。気がつけば、年が明ければ二〇二六年だ。「二〇二六」という数字の響きは、どうにも漫画じみている。ドラえもんの未来都市、バック・トゥ・ザ・フューチャーの空飛ぶスケボー。ああいうものを、私はずっと「未来」と定めて生きてきた。だから、二〇二六年という語感そのものが妙にフィクションめいて聞こえる。 匂いに今年もへったくれもない。 子どもの頃から、さまざまな便利なものが次々と発明され、そのたびに私たちは胸をときめかせ、新しい文明を買っては遊んだ。超合金のようなおもちゃ、ゲーム、ラジコン、ラジカセ。そのどれもが、当時の私にとっては小さなSFだったのかも知れない。 十歳の頃、塾…