【古文】 のたまひしもしるく、 十六夜の月をかしきほどにおはしたり。 「いと、かたはらいたきわざかな。 ものの音澄むべき夜のさまにもはべらざめるに」 と聞こゆれど、 「なほ、あなたにわたりて、 ただ一声も、もよほしきこえよ。 むなしくて帰らむが、ねたかるべきを」 とのたまへば、 うちとけたる住み処に据ゑたてまつりて、 うしろめたうかたじけなしと思へど、 寝殿に参りたれば、まだ格子もさながら、 梅の香をかしきを見出だしてものしたまふ。 よき折かな、と思ひて、 「御琴の音、いかにまさりはべらむと、 思ひたまへらるる夜のけしきに、 誘はれはべりてなむ。 心あわたたしき出で入りに、 えうけたまはらぬこ…