音楽評論家。
1913年、東京生まれ。クラシック音楽の評論家として活躍。小林秀雄、大岡昇平、中原中也らと親交を持つ。いってみればあの時代の文壇の「最後の生き証人」と言えるかもしれない。
1982年に紫綬褒章を、2006年に文化勲章を受章。2012年5月に急性心不全のため死去。
彼の評論は、「感覚的」「エッセイもどき」と呼ばれることが少なくない。しかし著作を丹念に読めば、豊富な音楽的な知識と、楽譜に対する深い読みに裏付けられた上での「感覚的な」評論であることがわかる。
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(冬の夜明けの道標ともいえる残月) 「なぜ 私はほかの旅人たちがたどる道を避けて行くのか」。シューベルト(1797—1828)の24曲からなる歌曲集『冬の旅』20番目の「道しるべ」の歌い出しだ。ドイツの抒情詩人ミューラー(1794—1827)の詩集に感動し、作曲した連作の歌曲集。5番目の「泉に添いて 茂る菩提樹」で知られる「菩提樹」。ポピュラーといえるほど歌われることが多いが、私はこの厳寒期には「道しるべ」を聞きたくなる。
0. 昨日から冬休みに入りました。今季は雑に予定が入ってしまったため、八ヶ岳山荘行きはなし。その代わり、先日の休みに常陸大子から那珂湊方面へと茨城ドライブ&温泉旅行に行っておりました。我ながら渋いロケーションのチョイス。1. 一日に複数のアーティクルを書く時は、基本的に暇を持て余しているのです。今日も年末の些事を早々に片付けては、音楽に没頭しております。気分的にクラシック音楽三昧にしたかったので、前アーティクルに記したようにチャイコフスキーの1番、2番を堪能した後に、スヴェトラーノフの指揮でラフマニノフを聴いております。ロシアな気分。2. 今年はとにかくライヴ三昧だったので、来年はそのペースを…
技法においても精神においても、仏師らの長い伝統をもつ国で、伝統を内から食い破るかのように脱皮して、近代彫刻を確立した過程として、順番に荻原守衛(碌山)、高村光太郎、中原悌二郎を置くことは、ほぼ誤りではないのだろう。その過程は高田博厚にいたって、いちおうの完成にいたると考えてよろしかろう。以降は、近代美術の解析深化を企てて変容してゆく、モダンアートの過程へと移っていったように見える。 またある人の高田評には、こうある。文芸の小林秀雄、音楽の吉田秀和、美術の高田博厚の三人は、それぞれの分野を究めることをとおして、普遍的示唆や暗示にまで到達した人で、ひとつの芸術分野の達人というよりは思想家・哲人と称…
NHK-FMで、毎週日曜日の朝、「名曲の楽しみ」という番組があった。 吉田秀和さんが、もごもごと、独特の口調で話し、その放送は30年も続いていた。 中でも、「モーツァルトの音楽と生涯」は17年続き、その数年を、吉田さんの穏やかな、そして誠実な話しぶりとともに、自分も楽しめた。 YouTubeの「吉田秀和の生涯」的番組を視聴すれば、吉田さんがいかに微笑ましい人であったかが伝わってきて、じんわり効いてくる。 一言でいって、こんな表現で申し訳ないが、アナログの人だったと思う。「アナログを楽しんでいた」というのが、正確なところか。 いっぱい、レコードやCDを聴くのが仕事なのに、そのオーディオ機器には、…
好きではない、むしろ苦手だな。そんな思いはないだろうか。 それは国民楽派と呼ばれる音楽だった。19世紀中ごろから20世紀にかけてのヨーロッパではドイツ・ロマン派の影響を受けながらも自民族に継承されていた音楽や伝説を反映させた民族主義的な音楽が出てきた。東ヨーロッパからロシア辺りの音楽がそれにあたる。バッハに始まりモーツァルトからブラームス、ブルックナーに至るまでドイツ・オーストリアの音楽に傾倒したが、国民楽派は少し違うなとおぼろげ気にわかっていた。何か香りがするな、と中学生のころから思っていた。それを自分は「スラブの節回し」と呼んでいた。ゲルマン民族ではないスラブ民族の音楽だ。なぜ彼らからはそ…
読解力があるうちに、この人のものをもっと読んでみたかった。基礎教養があまりに足りなくて、果せなかった。 とある吉田秀和評に、こんな一節があった。音楽の吉田秀和、美術の高田博厚、文学の小林秀雄。三人の文章を、たんに音楽論・美術論・文学論として読むべきではない。ジャンルの垣根を越えた芸術思想論・哲学論として読むべきだ、と。高田博厚と小林秀雄はすでにわが読書範囲に入っていたから、いっこうに不案内だった吉田秀和という名に、新たに強烈なスポットライトが投じられた想いがした。 志の背丈が高い、怖い人を想像した。だが NHK 教育テレビに出演して音楽解説する姿は違った。白髪混りの長髪姿に含羞ただよう温厚な表…
好きな西洋近代画家はと問われれば、ロートレックだ。ゴッホでもルノワールでもない。 トゥールーズ一帯を領地とする領主の息子だった。貴族の家柄である。幼少期に落馬するなど二度の大怪我で脊椎損傷し、下半身の成長が止った。躰の三分の二が上半身という矮人である。貴族邸の跡取り美丈夫の可能性が塞がって、父親はさぞ落胆したことだろう。 パリへ出て、遊興の巷に身をひそめた。酒に溺れた。当時大盛況だったキャバレー「ムーランルージュ」に入り浸った。相手になってくれた女性といえば、踊子や歌手それに娼婦たちだった。細やかな思いやりから好かれはしたが、恋愛だの同棲だのに発展すべくもなかった。庶民には縁遠い地方貴族の御曹…
吉田秀和による1983年のホロヴィッツの批評全文を初めて読む。読み終える頃には少しばかり目頭が熱くなった。www.asahi.comクラシック音楽批評はオーディオ批評と似たようなところがあって、評者のポエムに陥りがちな側面があると思っているのだけれども(だからといって全てが読むのに値しない、というわけではもちろんない)、氏の文章は的確な表現を用いて的確に評している。この文章はもっと早くに読んでおくべきだった。批評を記すまでの蓄積ももちろんのこと、目の前にあった出来事、事象、演奏を、自慰に陥らない文章として提示する、その姿勢とペンの強さに感銘を受けた。もちろん自分が氏の真似事をするような文章を記…
日本を代表する音楽評論家の吉田秀和さんの初期著作の文庫新刊を読み、改めて学びがありました。 彼のドキュメンタリーを観たとき、締め切りが近づく中で、ペンを握る手が汗で滑りながら深夜から朝方までかけて脱稿した旨の回想がされていました。その時に書いていたのがこの著作だったそうです(あとがきにもこの事は書かれていました) クープランに始まり、当時の前衛であったショスタコーヴィチまで66曲がとりあげられています。 書かれた年代が1950年代初頭という事もあり、ヒンデミットやオネゲルも存命、そして後年の彼ならば取り上げないであろう―注文仕事、ビギナー向けの作品紹介という側面もあるでしょうが、リストのハンガ…
今号をもって休刊となる本日発売のレコード芸術を購入。 いつもより多めに入荷しているようで、通常の倍くらい在庫がありました(さすがに発売当日に完売などという様子は無かったです) ペラペラと中身を見ましたが、[特集1]はじまりの交響曲ー何故か「交響曲の父」ハイドンとメンデルスゾーンが入っていません。両曲共に個人的に好きな作品なのですが。あとニールセンも。 せっかく最終号に「はじまり」を持ってきた意図を述べているのですから、各作曲家の交響曲の「はじまり」への意気込みが体系的に解る特集になっていればと・・・。 それにしても71年の長きにわたり、企画・編集・寄稿など歴代の編集者、評論家など出版に携わった…