吉野棚という風雅な棚を、稽古で使っています。 客付には大きな丸窓が開き、反対側の勝手付にはふすまが施された、意匠の凝った棚です。裏千家十三代の圓能斎が、高台寺・遺芳庵の「吉野窓」を写して考案したものと伝えられています。 炉の季節にはふすま、風炉の季節には涼やかな葭戸へと入れ替えられる趣もまた、季節の移ろいを感じさせます。遺芳庵は、江戸初期の才女、吉野太夫ゆかりの席として知られています。七歳で禿となり、十四歳で太夫に上り、たちまち評判を集めた人でした。あでやかな美貌に加え、香道や和歌にも秀で、宴席の取り持ちにも長けていたと伝えられます。その名をいっそう世に知らしめたのは、近衛信尋と、京都の豪商で…