九十七歳の父は、昔からお茶碗にご飯粒を残す。私は七十歳だが、高校生のとき、友人から「ご飯粒を残すと目がつぶれる」と聞いたことがある。食べ物を粗末にしてはいけない、という戒めとして、私はその言葉を信じた。 父の父、つまり祖父が、魚をくまなく食べていた息子を見て、「そんなにガツガツ食べるのはみっともない」と言ったと母から聞いている。以来、父は残す食べ方を品があることだと思い込んだフシがある。かつて庄屋で酒造業を営む六人目にして授かった長男である父。育ちはよかったのだろう。だが今、サ高住で父の茶碗を見て、私の胸はざわつく。戦中派である父は、食べ盛りの時代、食べ物の乏しい時代を過ごしたのだ。 母は、私…