親鸞の息子の善鸞が親鸞から教外別伝を受けたと言っていたのを、親鸞が否定しました。これが、善鸞の義絶事件です。 これは単なる親子の確執という話ではなく、親鸞聖人が生涯をかけて明らかにした浄土真宗の教えの根幹が、実の息子によって揺るがされそうになった、非常に重大な事件でした。 なぜ親鸞聖人は、禅宗では尊ばれる「教外別伝」という考え方を、我が子に対してこれほどまでに厳しく否定し、義絶(親子の縁を切ること)という、断腸の思いの行動に出たのでしょうか。 何が起きたのか?:善鸞の主張京都にいた親鸞は、関東の門弟たちの間で教えに混乱が生じていることを聞き、自身の代理として信頼する息子の善鸞(当時54歳頃)を…