ヤンマガという「泥」の中から放たれた『パリピ孔明』の鋭い一撃。それは、私たちが現実の政治(永田町やホワイトハウス)に対して抱いている、言葉にしがたい不条理と危うさの正体を、歴史の鏡を使って見事に暴き出してみせた。 しかし、こうした「フィクションによる現実の活写」は、何も『パリピ孔明』に限った話ではない。例えば、松木いっか先生の『日本三国』に登場する平殿器(たいらのとき)が、宮中の庁議の際、帝を背にして勝手に座り込んだあの「僭越(せんえつ)ムーブ」を思い返してほしい。あるいは、自己演出の天才でありながら、その本質は私怨と脆さを抱えていた輪島桜虎(わじまおうこ)が「空城の計」で露呈したハリボテの実…