土井たか子

(社会)
どいたかこ

土井たか子(本名:土井多賀子)は、日本の元政治家。第59代衆議院議長、第10代日本社会党委員長、第2代社民党党首、衆議院議員選挙当選12回。
1928年11月30日生まれ、兵庫県神戸市出身。

略歴

1945年、兵庫県立第三神戸高等女学校卒業、
1949年、旧制京都女子専門学校(1949年より新制京都女子大学)支那語科卒業。
1949年、同志社大学法学部3年に編入学。
1956年、同志社大学大学院法学研究科修了。
1958年 - 1970年、同志社大学講師。
1963年 - 1969年、関西学院大学講師。
1967年 - 1969年、聖和女子大学(現・聖和大学)講師。
1969年12月、第32回衆議院総選挙において日本社会党から出馬し初当選。
1983年9月、日本社会党副委員長に就任。
1986年9月、日本社会党中央執行委員長就任(〜1991年8月)。
1993年8月、第68代衆議院議長に就任。
1996年10月、社会民主党党首就任(〜2003年11月13日)。
1999年11月、社会主義インター副議長に就任。
2005年、第44回総選挙では、比例近畿ブロック単独名簿順位5位で立候補したものの落選。政治活動自体は続ける意思を示したものの、以降の選挙にはいずれも不出馬。
2014年9月20日、肺炎のため兵庫県内の病院で死去。85歳没。

その他

月刊誌「WiLL」2006年5月号に2chで流されたデマ「土井氏は知る人ぞ知ることではあるが本名『李高順』、半島出身とされる」などとする捏造記事が掲載された為、土井氏は発行元のワック・マガジンズ社と代表者らを相手取り謝罪広告の掲載と1000万円の慰謝料を求める訴訟を起こした。08年11月13日の神戸地裁尼崎支部での判決で、竹中邦夫裁判長は「明らかに虚偽の事実を記載するもの」とし同社などに200万円の支払いを命じている。

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