1861年、幕末土佐藩において結成された政治組織。 首班は武市瑞山(半平太)。
急進的な尊皇攘夷思想を掲げた点と、 「一藩勤王」、あくまで土佐藩全体での勤王にこだわった点が特徴である。
土佐藩家老吉田東洋の暗殺に成功し、土佐藩の実権を握ることに成功する。 しかし、京都において公武合体論が強まるにつれ、 藩主・山内容堂によって弾圧が加えられるようになった。 そして、勤王党は武市瑞山自身の投獄・切腹により、解散した。
坂本龍馬、中岡慎太郎なども一時参加したが、 途中で脱退している。
両雄を見事にすれ違わせた作家 両雄のすれ違いを描いた小説家がいる。司馬遼太郎である。幕末の京都、祇園の四条大橋近くで土佐の脱藩浪士・坂本龍馬と新選組副長・土方歳三がすれ違う。文春文庫の『竜馬がゆく』第4巻「片袖」293pageの手に汗握る一場面である。このシーンは司馬遼太郎だからこそ出来たと思われてならない。まずは原本で読んでいただきたい。 -----小説「竜馬がゆく」で誰もが持つ大きな疑問。『なぜ著者・司馬遼太郎は"龍馬"ではなく"竜馬"としたか? "お龍"を"おりょう"としたのか?』。ここに作家の裏事情があります。早めに結論を言いますと、龍馬と竜馬はまったく別の人物です。龍馬は土佐藩が送り…
竜馬がゆく(一)【電子書籍】[ 司馬遼太郎 ]価格: 800 円楽天で詳細を見る *司馬遼太郎の手によるタイトルの字 【あらすじ】 土佐の郷士に生れた竜馬。身分は上士と厳然たる差があるが、商売も営み裕福な家庭で育つ。「寝小便たれ」として周囲からはうすのろのように見えたが、姉の乙女は竜馬の才を信じて疑わない。剣術には才能があり、土佐から江戸の千葉道場に入門して頭角を現わす中、ペリー来航によって諸外国を排撃する「攘夷」の思想が沸き起きて、騒乱の世に変わる。その中で長州の桂小五郎を始め、後に幕末を彩る志士たちと交流を深めていく。 修行を終えると土佐に戻って剣術道場を開くはずが、竜馬は世界を知ろうとす…