地獄太夫

(一般)
じごくたゆう

室町時代に泉州堺の遊郭に実際にいた遊女。
山賊にかどわかされて苦界に身を沈めたのが、これも前世の不信心ゆえであると・懺悔の心を込めて自らを「地獄」と名乗り、地獄模様の着物を羽織って仏の御名を唱えながら客を送り迎えた。風狂で知られる一休禅師は、その評判を聞いて地獄太夫のもとを訪て慰めたという説話がある。
江戸から明治にかけて、多くの画家たちの題材になった。

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