坪内逍遙の日記を見ると、その門下生たちに執筆させた原稿について、自らも徹底的に向き合って添削指導することが、中島孤島一人に対しての例を見ても手に取るように伝わってきたが、その仕事ぶりをさらに証明するかのような証言を見つけたので、ここに引用してみたい。 (昭和女子大学近代文化研究所編『学苑』(425)1,975年5月所載 「座談会 明治文学 坪内逍遙(十五)より) 服部(嘉香) 逍遙先生のお仕事をお手伝いした人は、西村真次、中島孤島等五、六人はありますが、『通俗日本史』だったか、みんなの書いた下書が、全紙面真赤に見えるほど赤ペンで訂正してあったという話があります。以来先生の助手となることにはみん…