夏の終わり。だんだんと、夜が一日を支配する時間が多くなった。暗くなれば、もう暑さは気にならない。熱帯夜という息苦しい地獄から解放されたかと思うと、多少の心地よささえ思えた。 そんな夜を歩いていると、セミが羽化していたのを見つけた。華奢な手足でブロック塀に摑まりながら、真っ白な体躯を現している。透き通る翅に貫く、幾何学的な脈の流れ。真っ黒な瞳は、きっと九月の満月を見つめているのだろう。今にも壊れそうな生が、ここに誕生したのだ。 ただ、夏も終わる。あのやかましいセミの鳴き声も、もう聞こえない。仲間たちが生を繋いでコロッと死んでいった中、随分とお寝坊さんなやつだ。果たして、こいつは生を全うできるのだ…