大社義規

大社義規

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おおこそよしのり

日本ハム創業者。

1934年、家の没落で旧制高松高等商業学校(現・香川大学)を中退。
叔父経営の養豚組合に就職したのち1942年に日本ハム株式会社の前身母体となる「徳島食肉加工工場」を徳島県で設立。
その後大阪市を拠点に移し、「鳥清ハム」を経て1963年に現社名へ変更。
ハム・ソーセージを中心とした食肉加工のトップメーカーに成長させた。

1973年には日拓ホームフライヤーズを買収し、日本ハム・ファイターズとしてプロ野球界に参戦し、
チームの躍進とともに企業のイメージアップにつなげた。
1981年には19年ぶり*1、ファイターズとしては初めてのパシフィック・リーグ優勝を果たす。

しかし2002年の狂牛病対策による農林水産省の制度を悪用した牛肉偽装事件の影響で経営から身を引き、名誉職として就いていた。

2005年4月27日午後5時45分、兵庫県の病院にて心不全のため死去。享年90。

同年5月1日、ファイターズ優勝時に着用した背番号100番が、永久欠番となる。

2009年、日本ハム・ファイターズのオーナー職としての功績が認められ、野球殿堂入りを果たす。

*1:1962年(この時は東映フライヤーズ)以来

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