天ヶ城

(地理)
あまがじょう

 宮崎県宮崎市高岡町の城郭。

来歴

 天ヶ城は、慶長5年(1600年)、島津氏第17代島津義弘(1535〜1619)が久津良名を城地に取り立てて命名した山城である。
 関ヶ原の合戦に敗れた島津義弘は伊東氏の旧臣稲津掃部介の追撃に遭った事から、国境警備の重要性を痛感し、天ヶ城の築城に至った。
 義弘は島津氏と関係の深かった武士760戸を移住させ、「高岡麓(ふもと)」と呼ばれる武家の町を作り上げた。高岡麓は高岡、綾、穆佐(むかさ)、倉岡の関外四外城の防備を任を担っていたのである。

廃城

 その後、天ヶ城は、大阪の陣後の元名元年(1615年)に出された一国一城令により廃城とされる。
 しかしながら高岡麓や、高岡の先にある去川の関所は残り続けたため、高岡町は今でも往事の面影を残す屋敷や門が残り続けている。

このタグの解説についてこの解説文は、すでに終了したサービス「はてなキーワード」内で有志のユーザーが作成・編集した内容に基づいています。その正確性や網羅性をはてなが保証するものではありません。問題のある記述を発見した場合には、お問い合わせフォームよりご連絡ください。

関連ブログ