日本神話に登場する神のアメノホアカリのこと。「古事記」ではこのような表記となっている。また、「日本書紀」には「火明命」、「天照国照彦火明命」、また「先代旧事本紀」には「天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊」と記されている。 他に「膽杵磯丹杵穂命」、「神社志料」では「天照御魂神」などとも呼ばれている。 尾張氏や海部氏など多くの氏族の祖神であり、海部氏系図にも始祖としてその名が記されている。
川合陵神社(かわあいのみささぎじんじゃ)は鹿児島県薩摩川内市五代町に鎮座する。御陵殿(みささぎどん)とも呼ばれる。創建年代は不明。御祭神は天火明命(アメノホアカリノミコト)。そして、その御陵とされる川合陵(かわあいのみささぎ)があるとも。 ニニギノミコトの兄 冠山の麓に チョッポ岡 アメノホアカリノミコトが、なぜここに? ニニギノミコトの兄 アメノホアカリノミコトは、アメノオシホミミノノミコト(天忍穂耳尊)とタクハタチヂヒメノミコト(栲幡千千姫命)の第一子とされる。ニニギノミコト(瓊瓊杵尊/邇邇芸尊)の兄である。ただ、系譜については諸説あり。このあたりについては後述する。 川合陵神社は新田神社…
廬城部連武彦(いおきべのむらじたけひこ)を取り上げながら西暦400年代における、日本の地での古代イスラエル由来のユダヤ人とキリスト教由来の人物との遭遇を示す。次の流れで紹介していく。 ・雄略天皇三年四月・阿閉臣国見(あえのくにみ)・廬城部連武彦(いおきべのむらじたけひこ)・栲幡姫皇女(たくはたひめのひめみこ)・廬城河(いおきのかわ)・五十鈴河(いすずがわ)・五百木部連と火明命・天火明命(あめのほあかりのみこと)・籠神社(このじんじゃ)・真清田神社(ますみだじんじゃ) まず、日本書紀における、湯人(ゆえ)とされる廬城部連武彦について。 ■雄略天皇三年四月 雄略天皇三年夏四月、阿閉臣国見(あへのお…
イソタケのその後 イソタケは五十猛神と呼ばれ、『日本書紀』でスサノオの子とされ、林業の神として信仰されています。 ホアカリ(徐福)に置き去りにされた息子イソタケはどうなったのでしょうか。 出雲口伝に語られている内容をまとめますと、 イソタケは五十猛神社(大田市五十猛町)の地に住んでいた アジスキタカヒコの娘である大屋姫がイソタケの母(高照姫)にたのまれて石見でイソタケの面倒をみるようになった 大屋姫(おやひめ)は石見の畑谷に大きな屋敷を建ててイソタケを育てた 屋敷跡に大屋姫神社(大田市大屋)が建てられた イソタケは成長すると、大年彦(おおとしひこ)と名乗った のちに鬼村に大年神社(大屋町鬼村)…
ここでもう一度古代出雲王国の家系図を確認します。 同母兄弟姉妹別に色分けしています 事代主系 ヌナカワヒメとタケミナカタ ホアカリ(徐福)が出雲王国を去ったあと、亡くなった事代主系の家族については出雲口伝では以下の内容となっています。 ヌナカワヒメはコトシロヌシが亡くなった後、息子のタケミナカタと実家の越(こし)の国に移った タケミナカタは信濃国に新しい王国をつくろうと家来とともに姫川をさかのぼり長野県上田市の下之郷に移り住み、サイノカミを祀る生島足島神社(いくしまたるしまじんじゃ)を建てた その後諏訪盆地に進出し諏訪湖の南岸に住み王国をつくった タケミナカタはサイノカミの社を建て死後は諏訪大…
⛩️熱田神宮の主祭神は、熱田大神と言って、天叢雲剣/草薙剣を御霊代とする天照大御神であり、素盞嗚命、日本武命、宮簀媛命、建稲種命を相殿神として合祀しています。 ⛩️熱田神宮が神秘的な神社である理由は、いくつもありますが、そのひとつ三種の神器である草薙剣が、この地に祀られている理由は、先の氷上姉子神社の回にて説明しておりますので、是非、参考にして頂ければ幸いです。 天照大御神と素盞嗚命、日本武命と宮簀媛命は草薙剣に縁深く、建稲種命は、宮簀媛命の兄であり、尾張に縁の深い神様ですね。 特に宮簀媛命が熱田神宮の創祀、創建に関わる重要な神様となります。 しかし、誰か抜け落ちているようなと思うのは私だけの…
氷上姉子神社から成海神社へ。 何故、成海神社へ向かったかと言うと、氷上姉子神社の主祭神は宮簀媛であり、こちらの成海神社の主祭神が日本武尊命となるからです。 ご夫婦ですね。🎎 詳細は氷上姉子神社の回をご覧ください。 他にも理由があって、以前、深刻な悩みで病んでしまった方の社会復帰のお手伝いをさせて頂いたのですが、こちらを参拝し気持ちの整理がついて、先般、無事に社会復帰されたので、その報告とお礼。 そして3年程前になるのですが、この近くで息子が寮生活をしていて、この地に世話になりながらも、しっかりお礼をしていなかったので立ち寄る予定でもありました。 この成海神社の地は日本武尊命が、東征の際に宮簀媛…